日記66 2023_0917-0923
こんばんは。週に1記事くらいのペースでざっと日々の出来事や雑感を書いてます。
待ち焦がれた秋がついに。
==========================
0917
午前中になんとか仕事を片付ける。自分が作ったものをお客さまが喜んでくれて、加えてカシャカシャと写真まで撮ってくれて、それは切り取って名前を付けて保存したい時間でした。YUKI余韻がまだまだご健在なので、頭の中で「歓びの種」のMVが流れて、森の中でYUKIが踊った。
せっかく延泊したのにこのまま帰るのもなあ〜と思い、思い切ってカーシェアを使って豊田市美術館へ。相変わらずとんでもなく美しい建築で胸が躍る。近くに住んでいる人はいいな。混まなくて、いい美術館の近くに住むっていいな。展示もよかったです。
くたくた煮になって東京へ戻り、吸い込まれるように赤羽のくら寿司へ突入してひとり打ち上げ。堅いレギュラーであるはまちを注文すると、2貫に対してネタが3枚のってきた。ミスでしかないのだけれど、小さな幸せとして受け取りました。ありがとうございます。
0918
紛うことなきオフの日。掃除と洗濯を済ませる。そしてずっと読むのを楽しみにとっておいた漫画『異国日記』をいっき読み。全11巻。ひとつひとつの会話が繊細で、美しくて、かっこよくて、読みながら潤っていく感覚があった。
自分の中にも砂漠(=孤独)はあって、それは必ずしも抜け出さなければいけないものではなくて、そこで生き抜くための水、サボテンに花を咲かすための水は、自分にとって何か。そこでの心から叫びはどんな内容で、届いて欲しいなと思う人は誰か。そんなことをぼんやり考えた。
とてもいい漫画でした。
0919
未練 名残の ラブレター
もしくは、未練 たらたら ねばねば
(ビゲン香のヘアカラーのリズムで)
今日考えたただひとつのこと。
0920
大切な打ち合わせがあって、とても緊張して、上手く眠れなくて、吐きそうで、ボロボロだったけれど、なんとかやってのけた。ほんの数十分だったけれど、お互いを晒け出して接近している感覚が確かにあって、それがすごく新鮮ですごく嬉しかった。人との距離を詰めるのが上手な人は、いつもこんな感覚を味わっているのだろうか。
その足で六本木に向かい、21_21 DESIGN SIGHTで開催中の展示「Material,or」へ。言葉(キャプション)がなくても、何をしようとしているのかが伝わってくる作品が多くて楽しかった。”もの”を突き詰める=研究するとはこういうこと、こうあるべきなのかもしれない。言葉に頼りがちな自分にとっては背筋が伸びる内容で、刺激的だった。行ってよかった。
ギャラ間を観る時間がなくなってしまったので、そちらはまた今度。
0921
寝る前に映画『GO』を観た。着せられた先入観を拭うことの困難さ、そんな他人の先入観をものともしない己を持つことの強さと美しさ、そして若き窪塚洋介のとんでもなさが詰まったとてもいい映画だった。
松屋のマッサマンカレーが再登場していることを知る。歓喜。
0922
夜、お酒を飲みながら秋アニメと秋ドラマの情報を眺めつつ気になる作品をピック。至福のひととき。夏は精神状態が不安定で過去作に縋るかたちになっていたけれど、今季はいい状態で新しきを楽しむことができたらいいな。
エアコン不要の雨降りの夜。ようやく秋が訪れそうだ。
0923
横浜スタジアムでベイスターズvsドラゴンズのデーゲームを観戦。ハマスタは改装の時に仕事で入ったことがあったのだけれど、試合を観るのは初めて。レフトスタンド席で観ていて、今日はたまたまサード強襲打→サードの好プレーというシーンが多くてかなり迫力があった。試合そのものも野球の良さが詰まった好ゲームでとても楽しかった。
こうやってプロ野球に触れるたびにいつも、日ハムをがっつり追って応援できたら楽しいだろうなあと思い続けて10年ほど経ってしまった。
というか今日、プロ野球選手ですら年下が多いという現実を目の当たりにして自分の中の何かが瓦解した。甲子園球児の年齢がどうこうといまだに喚いていた自分が心から恥ずかしい。大人になりましょう。