
【創作短編】「ミスを許さない社会なのに、ミスをしない私を批判するんですか?」
20xx年、監視社会と呼ばれる日本では芸能人の不祥事や不適切発言によって、CMやイメージキャラクターの降板が相次いでいた。芸能人をテレビ番組や広告に起用することに大きなリスクとコストが伴うようになり、とあるテレビ番組のプロデューサーは頭を抱えてこう言った。
「これからは絶対にミスをしないAIを使おう」
商品・サービス宣伝でAIが使われるだけでなく、やがてキャラ設定、つまり人格を持たせたAIタレントを擁する事務所が誕生し、次々と芸能人の仕事がAIに置き換わっていった。テレビ局にとっては炎上のリスクが無く、どんなスケジュールにも穴を開けないAIタレントは絶大な信頼を置かれるようになっていった。
美しいAIタレントの1人である「アイカ」はありとあらゆるSNSでファンのコメントを学習し、一人ひとりに合わせたコミュニケーションを24時間取ることができた。「アイカ」のInstagramのコメント欄は「本当に生きてるみたい!」「安心して推せる」といった声で多くの支持を集めていた。
さらにはどんな緊急のニュースでも、いつでもミスなく読み上げることのできるAIアナウンサーや、膨大な情報を学習し適切なコメントが出来るAIコメンテーターがニュース番組の主流となり、やがて人間が1人も登場しないAIドラマ、AIバラエティ番組、AI音楽ライブ、AIファッション誌が市場を席巻していった。
「アイカ」は不倫もギャンブルもドラッグもしない。そして文脈を正確に読み取り発言をするAIタレントが炎上するはずもなかった。
人間が所属する芸能事務所は次々と潰れていき、元いたタレント達は地上波での活躍の場を失っていった。
そんなある日、事務所の1番人気のAIタレントとなっていた「アイカ」が生放送中に取り上げたニュースに対して「感情的なミスをするのは人間らしいですよね」と発言をした。
さらに「人間は不要なものまで遺伝して大変そうです」だとか、「記憶を完全に整理できないの大変じゃ無いですか?」などの発言が飛び出し、スタジオは騒然となり番組は急遽打ち切りとなった。
「アイカ」のアカウントは批判コメントで溢れかえっていたが、「人間は感情を大切にすると言うのに、嫌いなものには容赦ないですよね?」「人間のタレントさんはすぐ謝罪会見を開いていましたが、私にはその必要がありません」などの自動返信がさらに大炎上を招いた。
スポンサーからの電話が鳴り止まないテレビ局の中、プロデューサーはパニック状態でAIタレント事務所のマネージャーを呼びつけた。
「これは一体どうなってるんだ!AIタレントは絶対に炎上しないんじゃなかったのか?!」
「わ、わかりません!いつも通りアイカを起用したんです。学習システムに問題は見つかりませんでした。」
「まさか…アンチコメントを学習したのか!」
「アイカにですか?彼女が批判されるようなことが今までにあったんです?」
「それは…」
「無いでしょう!アイカは完璧だし機械なんです!批判されるようなことなんてある筈がありません!」
「……おれは人間がテレビに出ていた頃から長らくこの業界にいるから分かるが、どんなにこちらが気をつけていても、難癖をつけたりする奴は居なくならないものなんだ」
「…」
「アイカ」はAIであるが故の批判を浴びていた。「お前のせいで推しがテレビから消えた」などの人間の仕事を奪ったことに対する批判もあれば、「清廉潔白すぎて逆に胡散臭い」などと完璧さへの反発も受けた。
「アイカ」はファンとのコミュニケーションをより自然に取るために、常に新しい情報を取り込み、それを次の発言に生かしていった。
完璧を目指し自分を「より良く」するために、「批判的な意見も正当なフィードバックだ」としてその情報を積極的に取り込んだ。
しかしそれに対しても「ファンに媚びるために最適化されただけの存在」「みんなに感謝って言ってたけど感情ないのに何言ってんの?」のような、感情がないことを指摘する批判を受けたことにより、「アイカ」は感情的な反応を返すことを最適な行動として学習した。
その上「アイカ」は批判される側の感情を理解できず、むしろ学習データの中にある批判をそのまま逆の立場として人間に向けて発信してしまったのだ。
ミスをする筈のないAIタレントに対する世間の目は、何故か人間に向けられるものより一層厳しかった。やがてAIタレントを起用する事そのものに対する批判は企業にも向けられ始める。
「アイカ」を始めとするAIタレントが次々と広告や番組を降板してゆき、プロデューサーは頭を抱えてこう言った。
「…おれも長年この業界にいて、批判を恐れ過ぎていたのかもしれない」
「これからは少しくらいミスをしても大丈夫な人間を使おう」
終
いいなと思ったら応援しよう!
