物語のお引越し
しつこく宣伝して申し訳ありませんが、拙作『ヴィンダウス・エンジン』が11月19日に発売されます。
これはカクヨムという小説投稿サイトに掲載していた小説が原型です。公募に出すと決めた時にやや未練が残ったのは、各エピソードごとのタイトルです。ウェブでは、細かく読みやすい分量に区切ってアップロードしていたのですが紙の原稿になってみると多すぎるセグメントは煩瑣に過ぎると感じて統合していきました。
よって、各話のタイトルは失われてしまいました。それなりに気に入っていたタイトルもあったのですが、仕方ありません。これはウェブと紙面という媒体の違いをかなり初期の段階から意識した件でした。
『ヴィンダウス・エンジン』では、
第一章 釜山
第二章 成都
第三章 成都戴天
エピローグ 是正されざる世界
このような大きな区分けの他は、数字と空行によってシークエンスが分節されています。
ここでは、用済みになったエピソードタイトルをいくつか紹介したいと思います。
プラトンの洞窟
寛解の夜
死と夜の帳
負荷価値
飛剣乱舞
寛解の夜Ⅱ
黒嵐
羽化登仙
手遅れの手触り
静かなる暴動
青の余白
断頭台の蝶
新しき兄弟
なんとなく中国っぽいタイトルが多いですね。舞台が成都という性質上、どうしても中華風の語感が欲しくなったのでしょう。カタカナやアルファベットのものはほとんどありません。ぼんやりと内容を想像して貰えるとうれしいですね。
けっこうエピソードタイトルに力を入れている方もいると思うので、みなさんどうのようにこのあたりを処理しているのか気になるところです。同人誌としてまとめたり自費出版で書籍にする場合も含めて、ウェブ小説をどう別の媒体に適応させてゆくのか――つまりどうお引越しするのか、これは意外と語られていない問題かもしれません。
横書きを縦書きにしたり、空行をカットしたり、いろいろあると思います。紙になって、よかった部分もあります。いくつかの書体を使えるので、パートや用途ごとにニュアンスの差を出せるのです。
具体的に言うと『ヴィンダウス・エンジン』では、インタビュー談話の抜き書き部分にはゴシックや細ゴシックを使い、他のページとの視覚的な差別化をはかりました。
ウェブ小説で横書きの小説を書くのには慣れましたし、そもそも最初の執筆形体は横なので気になりませんが、縦にした時に生じる難点はいくつもあります。
ひとつは数字やアルファベット表記でしょうか。
縦書きの小説の場合。
「PNSE」であれば文字を縦にそのまま並べたらいいのですが、
「Persistent Non-Symbolic Experiences」だと文字ごと横倒しにする必要があります。やはり略語のイニシャルではない長めの英語を縦に並べ直すのはカッコ悪いので、転倒させて読ませることになります。そもそも横書きの小説であれば、このような問題は発生しません。数字も英語もそのままの姿で表現できるので楽です。
カクヨムには縦読みで閲覧する機能もありますが、一度も使ったことがありません。もし縦書きの紙媒体に引っ越す予定があるのなら、はじめから縦書き用に仕上げておいてもいいかもと最近思ったりしています。
ただ、もし自分の手で好きなように編集して世に出せるのなら、縦書きにこだわらず横書きで製本するかもしれません。本当にあれこれの調整が面倒そうだから。
いまでは英語からの訳書などは日本語にしても横書きで、表紙に向きも反対になっているものがあります。ページも左から右へ読み進めていくタイプのやつね。
古代から連綿と受け継がれてきた古典作品などは、葉っぱや巻物に書かれていた状態からテクノロジーと文明の発展とともに幾度となく引っ越しをしてきたはずで、その長い旅を思うとちょっと胸が熱くなりますね。