過去日記005:会社休みの一部始終、マユミの優しさが朝を救う
月曜の朝、8時前。
窓の外は、日曜日の夜にまだ取り残されたような、眠そうな空気が漂っている。
体を起こそうとした瞬間、腰が鈍く悲鳴をあげる。
「これ、無理だな……」
自分の体に言い聞かせるように呟くと、心が決まった。
会社に電話だ。サボり――いや、違う、体調不良の連絡だ。
緊張しながら携帯を握り、着信音が耳元で跳ねる。
――トゥルル、トゥルル、カチャ。
「はい、〇〇株式会社、マユミです」
柔らかい声が耳に届いた瞬間、肩の力が抜けた。よかった、マユミが出た。
「あ、ヒロだけど……今日、具合悪くて休むわ」
少し間があった。電話の向こう、気まずい空気が流れるのかと思ったが、返ってきたのは意外なほど優しい声だった。
「え、ヒロ? 大丈夫なの?」
ああ、マユミ。お前のその声に、ボクの罪悪感が全部溶けていくよ。
「まあ、無理しないでよ。今日ぐらい、ゆっくり休んでさ」
軽やかなトーンが、ボクの背中を押してくれる。
「そういえば、私も今日は首がヤバいの。昨日、学校の行事でねじっちゃったみたい」
「えっ、大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫。こう見えてタフだからさ」
少し笑う声が聞こえた。笑いながらも、ボクの心配をしつつ、自分の不調もさらっと流してしまうあたり、マユミのらしさが滲み出ている。
「そういえば、ヒロ。デザイン案、まだあるんだからね」
「え、まだ?」
やっと脳が仕事の存在を思い出す。いや、でも今日は無理だ。
「まあ、焦らなくていいからさ。ほら、ちゃんと休んでリセットしてね」
急に声が少しだけ小さくなった。会社で、誰かに聞かれないよう気を遣ってくれているのだろう。そんな細やかな優しさが胸にしみる。
「あ、でも今日、ボク当番だった気がするけど?」
「いや、今日は〇〇さんだよ。ヒロの当番は来週の月曜」
「おお、良かった」
ホッと息をついた瞬間、電話がふっと途切れた。
「ん? 切れたか?」
少し焦っていたら、再びマユミの声が戻ってくる。
「ヒロ、ちゃんと休んでね。あとでまた話聞くからさ」
「わかった。ありがとう」
その瞬間、ボクの中にあった罪悪感は完全に消え去った。
彼女の声には、不思議とそんな力がある。
電話を切り、布団に戻る。外の音は少しずつ賑やかになり、街が動き出している。
休むことへの後ろめたさが、マユミの言葉で軽くなった。
「今日は、ちょっと甘えさせてもらうか」
そう呟きながら、目を閉じる。