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好きと思いこんで馴染む

去年から今年にかけての「好き」にまつわる気持ちの話。

新しい仕事を始めてもうすぐ1年。
入社すぐの研修で「好きと思い込んで馴染む」という営業部長の言葉が印象に残っている。


好きと思い込んで馴染む。


今年は「好き」と"思い込む"ことで趣味や好きな人が増えたように感じる。

"好き"の対象が人なら、
その人が「良いね」と言ったものや会話で触れていたものは
私にとってもいいし私にとってもイチバンになる。

好きになると思考停止でなんでも受け入れてしまう。盲目になってしまう。

そうして好きになったもののいくつかは生活に馴染んだ。けれど、大半は今も好きかと言われるとそうでもない。無理して好きになろうとしていたんじゃないか?と思う。


無理に好いている、そう気がついてから、うその「好き」をどんどん手放した。

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去年の今ごろは好きなミュージシャンに声をかけて自主企画をしたり仕事を辞めるから同期ひとりひとりに向けて手紙を書いたりした。どちらも、誰にいわれるでもなく、自分の心からの気持ちでやったこと。

ある映画の台詞に「オファーは告白だ!」っていう言葉があったけれど、本当にそうだなあと思う。

敬愛してる相手には思い入れも相当にあって、
心からの言葉を尽くしてオファーのメッセージを書き続けていたし、ライブのたびに声をおかけした。同期にも、ラブレターをおくるような熱量で、気持ちが先走って走り書きの手紙になった。

その時の「好き」は、それが相手との両想いにならなくても全然気にならないし、目を通してもらえるだけで清々しい気持ちになるし、言ってよかったな、ってなる。

全力で「好き」をぶつけたら消滅したものもあるし、心の奥底で温まっているものもある。

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「好き」の棚卸しをしたら自分から好きになったものがやっぱりずっと好きだった。気がついたら口ずさんでる歌とか、ついつい名前をや存在を探してしまうものとか。そういうものが残った。


自分のフィルターを通して、自分で選んで、好きだと言いたい。
「好き」のいれものに空きができた今の私に要るのは、そのかけらをたくさん集めていくことだと思った。

#エッセイ #つれづれ #日記 #スキ #教養のエチュード賞  

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