見出し画像

ことば注意報「虚実」

編集者なんて仕事をしていると、ひとの文章を修正したり、若手に教えることがあるわけですが、「これ直して」とお願いしても「いや、でも言いますよね?」みたいな反論をされることがあります。

わかりやすいのは、"ら抜き言葉"あたりでしょうか。「テレビ見れるってみんな言いますよ」的なやつです。うー。

"みんなやってる教"は日本の国教なのでそれ自体は仕方ないのですが、"おかたい文章"を書く場合はそうもいきません。十字軍を組織したい気持ちをグッと抑え、「なおして」と繰り返します。

では、フィクションの場合はどうでしょう。

フィクションにおけるセリフなど"おかたくない文章"の場合は、普通の中高生の日常会話とかなら、"ら抜き言葉"もぜんぜんOK! おかたい文章だと「ぜんぜんOK」はOKじゃないですけども。

ところが、"全教科オール5の秀才"のセリフとなると話は違ってきます。普段は気取らない気さくなヤツ! なら「今日ならうちでテレビ見れるよ。親いないからぜんぜんOK!」でOKですが、マッドサイエンティスト味()があるようなクールガイのセリフになら、もうちょっとステレオタイプに寄せませんか、と言わねばなるまいです。

「キャラによっては、あり」という単純な結論になりますが、いろいろなキャラクターを出すためには、結局、"適した物言い"も知っておくしかありません。

あくまで「知っておこう」という話にすぎず「使うかどうかは状況次第」なのですが、この説明は意外と面倒です。論点が「許されるべきか、否か」になると、こじれます。なので、もし誰かに説明しないといけなくなったときは、この記事のURLを送りつけるのもありかもしれませんね!

とはいえ、作家やライターを目指すひとならそこまで気を付けなくても、ヘンなプライドでガチガチにならないようにだけ気を付ければOKです。そこで相談に乗るために編集者がいるのですから。文章に限らずイラストなども手慣れるより先に技術を高めてしまうと、「書けない」「描けない」というスランプに陥りがちですから、間違いなんて気にせず書き進めたうえで、書き終えてからチェックする癖をつけた方が良いくらいでしょう。

ただ、敢えて難しい言葉を使おうとするのはよくあることですが、これはとても罠にはまりやすいので、要注意です。平易な文章を心掛けた方が、妙なプライドも育たなくて済むので自分のためになります。

似たような職業でもゲームのシナリオライターは事情が違うかもしれません。近年はゲームの規模自体が肥大化し、シナリオもチームを組んで制作されるケースもあるので先輩シナリオライターにチェックしてもらえるかもしれませんが、小規模だとシナリオライター本人より言葉に詳しい人がいないこともありえます。

今より小規模で開発されていたスーパーファミコンからプレイステーション初期あたりのゲームを遊ぶと「なにこのヘボイ文章」と思うこともまーまーあります。そういうのを見て戒めにするのは良いかもしれません。

もっとも、編集者だって最初から言葉に詳しいわけではありません。

ぼくの場合は編集者になりたてのころに短編アドベンチャーゲームのシナリオを書いたのですが、つくづく何者だかわかりにくいキャリアで申し訳ありません。えー、とにかくそのシナリオのなかで使っていた「虚実」の誤用を指摘されました。

「真実」「事実」の反意語として「虚実」という言葉が誤用されることはしばしばあり、若いころのぼくもそれを疑いなく飲み込んでしまっていたのです。「虚実」は"虚"と"(真)実"があることを示す言葉であり、「真偽」や「正誤」などと似た使い方になります。無駄に難しい言葉を使おうとして自ら罠にはまるのは、前述のとおりでありまして、たいへんこっぱずかしいかぎりです。うー。

文章の仕事における言葉の使い方は、このような単純な誤用のほかにも、差別用語などにも注意しなければなりません。いろいろ知っておけば、文筆業だけでなくとも、仕事でメールを書く場合に役立つこともあるでしょう。

というわけで。今後、『にちよう企画班』向けの記事のひとつとして、そういった「ことば十字軍」……じゃなくて「ことば注意報」を書いていこうかと思っています。思い出すとうーうー言いたくなることは、ほかにもあるのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?