風と土の尋ね人~新井満,岩波ホール,そしてSulikoとQvevri~
数えて4度目のノミネートにより「尋ね人の時間」で第99回芥川賞を受賞した新井満 氏。選考会の間,山手線の車中で一人時間をつぶしていたとのこと。
一方,3度目のノミネートとなった第97回の選考時は,総支配人の高野悦子氏の計らいにより,岩波ホールで映画鑑賞しながらの結果待ち。
いかにも「映画を観ながら幸福について考えた」人にふさわしいエピソード。
1968年の開館以来,日本では上映される機会の少ない主に欧米以外の国々の名作を紹介してきた岩波ホール。とりわけ,ソビエト時代からジョージア(グルジア)の作品を多数上映し,閉館間際にも「ジョージア映画祭2022 コーカサスの風」を主催するほどまでに,かの国の作品紹介にかたむける思いの原点は,スタッフの一人 はらだたけひで 氏とニコ・ピロスマニとの出会いにある。
「百万本のバラ」のモデルとしても知られるニコ・ピロスマニ(1862~1918)。孤高の人生を送ったジョージアの国民的画家の世界を描いた,1978年の同ホール公開作品「ピロスマニ」(ギオルギ・シェンゲラヤ監督)。この作品との出会いから,はらだ氏は,ピロスマニそしてジョージアという「魔法の森」に分け入ることになる。
ピロスマニが貧しさを背負いながら放浪していた時代,愛しいひとの墓をさがし彷徨う詩がよまれた。
ジョージアの国民的詩人・作家,アカーキ・ツェレテリ(1840~1915)の詩“スリコ”。何処とさがし求めた足元の土の下に眠っていた。まさにそこがスリコの墓……。
千の風になって空を吹きわたっていると伝えてくれた新井満 氏。7,000㎞西方の地で,あなたの足元の土に眠っているとささやくナイチンゲール。いずれの風景の中にも,永遠の旅立ちをした“尋ね人”の姿が映りこむ。
「8000年の歴史をもつ,世界最古のワインとワイン文化の発祥地」を誇るジョージアでは,ワインもまた足元の土の中で静かに時を待つ。クヴェヴリ(Qvevri)という素焼きの甕は土の中に口元まで埋められ,ワインの発酵と熟成に供される。クヴェヴリ・ワインとは
復活と再生をもたらす土のわざ。
もっとも,ワイン発祥の地においても,伝統的なクヴェヴリ作り職人の高齢化と後継者難に直面するとともに,有機農法で栽培した固有品種によるクヴェヴリを用いた伝統的なワイン造りの担い手も少なくなり,クヴェヴリ・ワインは継承の危機にあった。
この伝統ワインに世界が注目するきっかけを作り,復活へのサポーターとなった一人の日本人がいる。
日本にスローフード運動を紹介した島村菜津 氏は,2002年に雑誌の取材でジョージアを訪問した際,ツェレテリの出身地でもあるイメレティ地方の醸造家を訪れた。そして,スローフード協会が主催する伝統的な食の生産者の国際会議「テッラ・マードレ」にクヴェヴリ・ワインの生産者を招待することを考えた。開催地のイタリア・トリノでクヴェヴリ・ワインは大いに注目を集め,その後,イタリア人など外国人がジョージアにワイン視察に訪れるようになった。この醸造家曰く
クヴェヴリ・ワインとのつながりは,「千の風になって」ゆかりのまちづくりに取組む愛媛県西条市にも。むらかみ酒店(西条市三津屋南)のワインセラーには,大地の命やどるクヴェヴリ・ワインがセレクトされている(在庫は要事前確認)。
映画とワイン。いずれもジョージアの風土に育まれた世界に誇る文化。この文化の継承と発信を担う邦人のお二人も,ジョージアの地に「尋ね人」を見ているのかもしれない。
千の風となった新井満 氏が見守るなか,2022年7月29日に銀幕を閉じた岩波ホール。作品を通じて「尋ね人」の時間と空間をもたらしてくれた人と場―― いつまでも。
ティムラズ・レジャバ駐日ジョージア大使https://twitter.com/TeimurazLezhava