残された子供達は、彼等だけで生きていくほかなかった。
残された子供達は、彼等だけで生きていくほかなかった。
母親が出て行ったのは、末弟の幸尾のせいなのだ、そうやって兄と姉は罵った。鈍臭く馬鹿で異端な小さい弟が捨てられただけで、我々が捨てられたのではない。責任はお前だけにある。そう口に出す事で、絶望へ堕ちるのを必死に止めた。悲劇に意味を与えなければ、受け止める事などできなかった。兄と姉の弟への仕打ち。それは、仕方のない事なのだろうか。悲劇を背負えば、何をしても許されるのか?それは誰も教えてくれなかった。幸尾は常に尻に痛みを感じた。ソレを石で潰してしまおうかとも考えた。が、勇気がなくて石を振り落とす事はできなかった。意気地なしだった。
子供たちは常に腹を空かせていた。川で釣った魚や木の実、田んぼで捕まえたイナゴなどを口にして食い繋いだ。一番年下の幸尾は、少しの食料も分け与えてはもらえなかった。兄姉が食べ残した魚の皮や骨、味噌汁のカス、皿についた塩を舐めて凌いだ。常に空腹を感じていた。隣に住む老婆がこっそり分け与えてくれる握り飯、それが幸尾の唯一の食べ物だった。無性に母親が恋しくて眠れない夜、幸尾はよくこの老婆の家へこっそり上がった。眠る兄と姉の足や二の腕を踏まないように、注意深く爪先立ちで隙間を探しながらそっと家を抜け出し、隣の老婆の家へ向かう。老婆の小屋は真っ暗だったが、粗末な戸口をカタカタと揺らすと、灯りがパッとつき、中から老婆が笑顔で迎えてくれた。
おやぁ、こりゃ、いてねいがわい子が来なすったぁ、さみだろによぉ、ほれ、はよおあがりぃ、ありゃっ、ごぉんなつめたくなってぇ。いけねいけね、こりゃいけねよぉ。そう言って老婆は、暖かい部屋で、熱くて甘い飲み物を出してくれるのだった。それは、芯まで冷えた幸尾の体を優しく温めてくれた。手と胸がぽかぽかし始める頃には眠気が訪れ、そのまま老婆の布団に潜り込む。さっきまで老婆が寝ていたであろう布団はあたたかく、老人特有のすえた匂いがしたが、少しだけ母親に似た香りが鼻をかすめる一瞬があった。老婆は、同じ布団で手を繋いで寝てくれた。油分が失われ、弾力もないカサカサとした手は、母親のそれとは全くもって異なっていたが、人の温もりを感じるのは久しぶりで、幸尾はよくわからない感情を抱きながらも眠りについた。
老婆の家で寝た翌朝は、毎回決まって粗相をしてしまった。眠りながらも、小便をした瞬間は尻の辺りが熱くなるからなんとなくわかる。その熱さは心地いいもので、風呂に入った時のような開放感と幸福感があった。凍てつく寒さの土地では、すぐに濡れた服と布団は冷たくなってしまうが、それでも眠りから覚めたくない幸尾は、その冷たさに耐えつつも、頑なに朝まで眠り続けるのであった。
老婆は幸尾の寝小便について一度も怒った事はなかった。しかし、やがて布団は何度も幸尾がおねしょをするため、ツンとした匂いを放つようになってしまった。曇り空ばかりのこの土地では、布団もなかなか乾かない。だんだんと幸尾は、老婆に申し訳なく思い、そして夜尿の恥ずかしさもやはりあり、夜の訪問を控えるようになっていった。