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本当だったら今頃、

 本当だったら今頃、クラスメイトの家で遊んでいる予定だった。家へ帰ってきて、母親へそのことを告げると、車で送って行くね、とか、お菓子持って行く?と聞いてくれた。しかし、クラスメイトの家が隣村だと知ると、突然何も喋らなくなってしまった。彼女はそんな母親の態度の変化に何かを感じ取ったのだろう、クラスメイトの家へ自ら電話をすると、用事ができたから行けなくなったと伝えた。一緒にポテチを食べながら、今日発売のりぼんを読む予定だったのに。
 ゲンがウンチをしたので、来た道を戻ろうとすると、前方からウォーキング中の母娘が近づいてきた。この辺では見かけない顔だった。娘の方は成人しているくらいの見た目で、二人とも化粧っ気がなく、眼鏡をかけており、家のリビングからそのまま出てきたかのような着古したフリースを来ていた。エクササイズ目的なのだろう。両腕を前後に動かし、サッサ、サッサとお揃いで早歩きだった。二人に気づいたゲンは、突如引っ張る力が強くなり、尻尾を高速に振り、二人に近づいていく。幼い彼女は、腕に力を入れてリードを引っ張り、ゲンの力とは反対の力で必死に止めた。母娘は尻尾を興奮気味に振るゲンに気づいても全くの無視だった。どこからやって来たかわからない他人が、目の前を通り過ぎていく。ゲンに見向きもせず、関心も示さず、通り過ぎていく。この道は、私がいつもゲンと散歩している道なのだ。なんとなく、余所者に踏みにじられた気分になって、私はふいに思った。どれ、少しおどかしてやろう。
 二人組が前を通り過ぎた。フリース素材の柄物の上着はくたびれて見えた。私はその背中に向かって、乾いた声で笑い声を上げた。抑揚のない声色で、努めて人間的に聞こえないように、腹を抱えながら。私は、音声だけを発するゼンマイ仕掛けの機械になった気分だった。アハ、アハ、アハハハハ。笑い声を上げたまま、親子とは逆方向に走った。ゲンは一瞬戸惑ったが、また走れる喜びを享受し、我先にと走った。母娘の訝しがる視線を背中に感じながら、私も走り続けた。
 走り去った跡には、首ぱっちんした黄色の花が一面にこぼれ落ちていた。

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