【医師論文解説】睡眠薬、ゼロベースで比較してみた【Open】
背景: 不眠症は世界中で最も一般的な睡眠障害の1つで、有病率は6-10%と推定されています。不眠症は精神的・身体的健康リスクの増加、経済的コストの上昇、労働生産性の低下、職場や交通事故のリスク増加などにつながります。治療には主に精神療法と薬物療法が用いられますが、多くの患者が薬物療法を受けています。ガイドラインでは個々の睡眠薬が推奨されていますが、どの睡眠薬が最も有用かは明確ではありません。また、ベンゾジアゼピン受容体作動薬(BzRA)の長期使用のリスクが指摘されているにもかかわらず、世界的に睡眠薬の長期使用が続いています。そこで本研究では、ガイドラインで推奨される睡眠薬のうち、どれが単剤療法の失敗リスクが低く、どれが長期処方のリスクが高いかを調査しました。
方法: 本研究は、日本の大規模な健康保険請求データベース(JMDC Claims Database)を用いた後ろ向きコホート研究です。2005年4月1日から2021年3月31日までのデータを使用し、初めて推奨睡眠薬の単剤療法を処方された20歳以上の成人239,568人を対象としました。主要評価項目は、処方開始から6ヶ月以内の単剤療法の失敗(睡眠薬の変更または追加)としました。副次評価項目は、単剤療法が失敗しなかった患者における6ヶ月以内の単剤療法の中止としました。解析にはCox比例ハザード回帰モデルとロジスティック回帰分析を用い、年齢群、性別、処方指示、併用薬、併存疾患などで調整しました。
結果:
単剤療法の失敗:
全体の10.3%の患者が6ヶ月以内に単剤療法に失敗しました。
失敗率は、ゾルピデム(8.9%)、トリアゾラム(9.4%)、エスゾピクロン(11.9%)、スボレキサント(12.7%)、ラメルテオン(15.1%)の順でした。
エスゾピクロンと比較して:
ラメルテオンは失敗リスクが高かった(調整ハザード比[AHR] 1.23, 95%CI 1.17-1.30, P<.001)
ゾルピデム(AHR 0.84, 95%CI 0.81-0.87, P<.001)とトリアゾラム(AHR 0.82, 95%CI 0.78-0.87, P<.001)は失敗リスクが低かった
スボレキサントとの間に有意差はありませんでした(AHR 1.04, 95%CI 0.99-1.08, P=.09)
単剤療法の中止:
単剤療法が失敗しなかった患者の84.6%が6ヶ月以内に睡眠薬を中止しました。
中止率は、ゾルピデム(85.2%)、ラメルテオン(84.9%)、スボレキサント(84.0%)、トリアゾラム(83.7%)、エスゾピクロン(82.9%)の順でした。
エスゾピクロンと比較して:
ラメルテオン(調整オッズ比[AOR] 1.31, 95%CI 1.24-1.40, P<.001)とスボレキサント(AOR 1.20, 95%CI 1.15-1.26, P<.001)は中止が多かった
ゾルピデムとトリアゾラムとの間に有意差はありませんでした
論点:
単剤療法の失敗に関する結果は、最近のメタアナリシスの結果と一部一致しましたが、エスゾピクロンがゾルピデムやトリアゾラムよりも失敗が多かった点は予想外でした。これには以下の要因が考えられます:
慢性不眠症と急性不眠症の割合の違い
不眠症の重症度や併存する精神症状の重症度の違い
処方医の専門性や処方態度の違い
新規睡眠薬(ラメルテオン、スボレキサント)で単剤療法の中止が多かった理由として:
依存や離脱症状のリスクが低いという薬理学的特性
新規睡眠薬を処方する医師の安全性に対する意識の高さ が考えられますが、本研究では健康アウトカムや有害事象、中止理由に関する情報がないため、結論を出すことはできません。
結論: 本コホート研究では、エスゾピクロンと比較して、ラメルテオンで単剤療法の失敗が多く、ゾルピデムとトリアゾラムで少ないことが示されました。また、新規睡眠薬であるラメルテオンとスボレキサントでは、エスゾピクロンよりも単剤療法の中止が多いことが分かりました。しかし、これらの結果は慎重に解釈する必要があります。なぜなら、不眠症の種類(慢性・急性)や重症度、併存する精神症状の重症度、処方医の態度など、多くの交絡因子を考慮できていないからです。どのガイドライン推奨睡眠薬が最も有用かを決定するには、これらの睡眠薬を直接比較するランダム化比較試験が必要です。
文献:Takeshima, Masahiro et al. “Treatment Failure and Long-Term Prescription Risk for Guideline-Recommended Hypnotics in Japan.” JAMA network open vol. 7,4 e246865. 1 Apr. 2024, doi:10.1001/jamanetworkopen.2024.6865
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所感:この結果を解釈する際には慎重さも必要だと感じています。レセプトデータの性質上、不眠症の種類(慢性か急性か)や重症度、併存疾患の詳細などが不明確であり、これらの要因が結果に大きく影響している可能性があります。また、処方医の専門性や処方パターンの違いなども考慮する必要があるでしょう。
この研究結果は、睡眠薬の選択において個別化アプローチの重要性を改めて示しているように思います。