【医師論文解説】耳鳴りの正体、蝸電図が暴く耳鳴りの秘密!?【Abst.】
背景:
耳鳴りの発生と持続は聴覚系の変化と関連していると考えられています。
そのため、臨床評価では聴力検査が最初に行われます。近年、蝸電図(ECochG)が隠れ難聴や蝸牛シナプス障害の調査に用いられるようになりました。ECochGは蝸牛の加重電位(SP)と活動電位(AP)を測定し、SP/AP比が重要なパラメータとなります。本研究では、慢性耳鳴り患者のECochG所見と聴覚学的特徴、および心理的苦痛との関連を調査しました。
方法:
2020年3月から2023年12月までに大学病院の耳鳴り外来を受診した患者の医療記録を後ろ向きに分析しました。3ヶ月以上続く非拍動性の主観的耳鳴りがあり、初回評価時にECochGを実施した患者を対象としました。聴覚検査とECochG結果を分析し、SP/AP比に焦点を当てました。また、耳鳴りハンディキャップ質問票(THI)、ベック抑うつ質問票(BDI)、不快聴力レベル(LDL)テスト、歪成分耳音響放射(DPOAE)テストなども実施しました。
結果:
対象患者256名のうち、37.5%でSP/AP比の上昇が観察されました。
耳鳴りの側性によるECochG結果の有意差はありませんでした。
SP/AP比が上昇した患者group:
睡眠障害の報告が多い(両耳でSP/AP比上昇した患者の48.4%で報告)
抑うつスコアが高い
注意力の問題を報告
耳閉感を報告
不快聴力レベル(LDL)が低い
低周波数域(125Hz, 250Hz)での聴力低下
DPOAEの反応が有意に高い
SP/AP比と以下の項目に有意な相関:
右耳SP/AP比: 注意力の問題(r = 0.155, p = 0.013)
左耳SP/AP比: 耳閉感(r = 0.154, p = 0.014)、注意力の問題(r = 0.327, p < 0.001)
SP/AP比上昇患者で体性調節(somatic modulation)の陽性所見が多い(17.7% vs 正常SP/AP比の8.8%)
純音聴力検査:
SP/AP比上昇group: 右耳125Hz(p < 0.001)、250Hz(p = 0.024)、左耳125Hz(p = 0.010)、8kHz(p = 0.040)で有意に聴力閾値が悪化
ABR結果:
SP/AP比上昇groupで左側のwave III潜時が有意に短縮(3.67 ± 0.22 ms vs 3.73 ± 0.22 ms, p = 0.033)
DPOAE:
SP/AP比上昇groupで両耳全周波数でDPOAE反応が有意に高い(p < 0.001)
議論:
SP/AP比の上昇と睡眠障害、抑うつ、注意力の問題、耳閉感との関連は、蝸牛機能障害による中枢聴覚系への異常な神経信号が原因である可能性があります。
SP/AP比と低周波数域の聴力閾値、DPOAE反応との相関は、内リンパ水腫と外有毛細胞機能との関連を示唆しています。
SP/AP比の上昇は内リンパ水腫を示唆しますが、メニエール病(MD)を直接示すものではありません。MDの初期段階では水腫が存在しない可能性があります。
低周波数聴力損失を伴う耳鳴り患者はMDに進行するリスクが高い可能性があり、慎重な経過観察が必要です。
上昇患者でのLDL低下は、聴覚過敏の可能性を示唆します。
SP/AP比上昇患者でのDPOAE反応増加は、蝸牛力学の変化を示唆します。
結論:
SP/AP比の上昇は、慢性耳鳴り患者の臨床的および心理的側面を評価する有用なバイオマーカーとなる可能性があります。この所見は、睡眠障害、抑うつ、注意力の問題、耳閉感、聴覚過敏、低音域聴力低下と関連しており、蝸牛病理と耳鳴り知覚の複雑な相互作用を示唆しています。これらの知見は、より個別化された管理アプローチの指針となる可能性があります。
文献:Lee, Ho Yun et al. “The tinnitus handicap inventory is a better indicator of the overall status of patients with tinnitus than the numerical rating scale.” American journal of otolaryngology, vol. 45,6 104477. 3 Aug. 2024, doi:10.1016/j.amjoto.2024.104477
この記事は後日、Med J Salonというニコ生とVRCのイベントで取り上げられ、修正されます。
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【SP/AP比とは?】
SP/AP比は、蝸電図(こちらでん図)という特殊な聴力検査で測定される値です。
SP(加重電位):主に内耳の感覚細胞(有毛細胞)の活動を反映
AP(活動電位):聴神経の活動を反映
この2つの電位の比率がSP/AP比です。簡単に言えば、「内耳の細胞の活動」と「聴神経の活動」のバランスを示す指標と考えられます。
SP/AP比が高くなると:
内耳に水がたまっている状態(内リンパ水腫)の可能性
聴覚系のバランスが崩れている可能性
を示唆します。本研究では、この比率が高い人で様々な症状や特徴が見られることが分かりました。SP/AP比は、耳鳴りの新しい「物差し」として、より効果的な診断や治療に役立つ可能性があります。
所感:
本研究は、慢性耳鳴りの背景にある複雑な病態生理を理解する上で重要な知見を提供しています。特に、ECochGのSP/AP比が単なる内耳機能の指標ではなく、患者の心理的苦痛や聴覚過敏とも関連していることを示した点は注目に値します。これらの結果は、耳鳴り患者の評価において、聴覚学的検査だけでなく、心理的側面も含めた包括的なアプローチの必要性を強調しています。
しかし、後ろ向き研究であるという限界があり、因果関係の確立には至っていません。今後は、前向き縦断研究を通じて、SP/AP比の変化と症状の進行、特にメニエール病への移行リスクとの関連を調査することが重要でしょう。また、SP/AP比に基づいた個別化治療の効果を検証する臨床試験も求められます。
さらに、聴覚過敏や蝸牛シナプス障害といった概念との関連も興味深い点です。これらの知見は、耳鳴りの病態生理に関する我々の理解を深め、新たな治療戦略の開発につながる可能性があります。総じて、本研究は耳鳴り管理における多面的アプローチの重要性を示唆する貴重な貢献であると評価できます。