【医師論文解説】嗅覚障害に光明!3ヶ月で劇的回復の秘密とは【OA】
背景:
嗅覚障害は生活の質を著しく低下させる症状であり、特にCOVID-19パンデミック以降、その治療法への注目が高まっています。
嗅覚トレーニング(OT)は、様々な原因による嗅覚障害の治療に効果的であることが示されてきました。しかし、最も効果的なトレーニング方法については議論が続いています。本研究は、従来の4種類の香りを用いたOTと、7種類の香りを用いた拡張版OTの効果を比較することを目的としました。
方法:
本研究には、60名の正常嗅覚を持つ健康な参加者と40名の嗅覚障害患者が参加しました。
参加者は5つのグループに無作為に分けられました:
嗅覚トレーニングを行わない正常嗅覚群
4種類の香りでOTを行う正常嗅覚群
7種類の香りでOTを行う正常嗅覚群
4種類の香りでOTを行う嗅覚障害群
7種類の香りでOTを行う嗅覚障害群
トレーニングは3ヶ月間行われ、その前後で嗅覚機能検査(閾値、識別、同定:TDIスコア)、追加の閾値検査、認知機能検査、自己評価などが実施されました。
結果:
嗅覚機能の改善:
嗅覚障害患者群では、3ヶ月間のOT後にTDIスコアが有意に上昇しました(p < 0.001)。
4種OT群では平均3.16 ± 4.46ポイント、7種OT群では平均3.79 ± 3.79ポイントの上昇が見られました。
この改善は主に同定スコアの向上によるものでした(p < 0.001およびp < 0.01)。
4種OTと7種OTの間に有意な差は見られませんでした。
患者群全体では、平均3.48 ± 4.21ポイントのTDIスコア上昇が観察されました。
特定の香りに対する感度:
健康な参加者では、β-ダマセノンとサリチル酸ベンジルエステルに対する感度が有意に向上しました(それぞれp < 0.001、p < 0.01)。
嗅覚障害患者では、n-ブタノールに対する感度が向上しました(p < 0.01)。
臨床的に意味のある差(MCID):
TDIスコアで5.5ポイント以上の改善を示した患者は約3分の1でした。
サリチル酸ベンジルエステルの閾値検査で最も多くの患者(n = 14)がMCIDを達成しました。
認知機能の改善:
言語流暢性テストでは、正常嗅覚群(p < 0.001)と嗅覚障害群(p < 0.019)の両方で有意な向上が見られました。
モントリオール認知評価(MOCA)テストでは、嗅覚障害患者群のスコアが27.22 ± 2.08ポイントから28.16 ± 1.57ポイントに有意に改善しました(p < 0.001)。
主観的評価:
OT後、34名中22名の患者が嗅覚能力の軽度改善を報告しました。
香りの認識(n = 20)、異臭症(n = 13)、幻臭(n = 6)についても軽度の改善が報告されました。
23名の患者が匂いの知覚に対する注意力が向上したと報告しました。
相関関係:
TDIスコアが5.5ポイント以上改善した患者では、異臭症の知覚改善との正の相関が見られました(r2 = 0.62、p < 0.01)。
議論:
本研究の主な発見は、4種類の香りを用いたOTと7種類の香りを用いたOTの間に有意な差が見られなかったことです。これは、より多くの種類の香りを用いることが必ずしも嗅覚機能の回復を促進するわけではないことを示唆しています。この結果は、COVID-19による持続的な嗅覚障害患者を対象とした先行研究の結果とも一致しています。
OTの効果メカニズムについては、中枢性の認知変化と末梢性の変化の両方が提案されています。本研究では、MOCAテストでの有意な改善が観察されたことから、OTが中枢処理に影響を与える可能性が示唆されました。
しかし、本研究にはいくつかの限界があります。サンプルサイズが比較的小さいこと、OTを行わない患者群が含まれていないこと、正常嗅覚群に一部嗅覚低下者が含まれていたことなどが挙げられます。
結論:
3ヶ月間の嗅覚トレーニングは、4種類または7種類の香りを用いた場合でも、嗅覚障害患者の嗅覚機能を改善させる効果があることが示されました。しかし、トレーニングに使用する香りの種類を増やすことによる追加的な利点はほとんどないか、まったくないようです。さらに、本研究結果は、嗅覚トレーニングが認知機能の改善にも関連している可能性を支持しています。
文献:
Power Guerra, Nicole et al. “Four odorants for olfactory training are enough: a pilot study.” European archives of oto-rhino-laryngology : official journal of the European Federation of Oto-Rhino-Laryngological Societies (EUFOS) : affiliated with the German Society for Oto-Rhino-Laryngology - Head and Neck Surgery, 10.1007/s00405-024-08930-4. 6 Sep. 2024, doi:10.1007/s00405-024-08930-4
この記事は後日、Med J SalonというYouTubeとVRCのイベントで取り上げられ、修正されます。
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用語解説
TDIスコア
は、嗅覚機能を評価するための総合的な指標です。
T (Threshold): 嗅覚閾値。特定の香りを感知できる最小濃度を測定します。
D (Discrimination): 嗅覚識別。異なる香りを区別する能力を評価します。
I (Identification): 嗅覚同定。香りを正確に名称や概念と結びつける能力を測定します。
これら3つのテストの結果を合計してTDIスコアとします。スコアが高いほど、嗅覚機能が良好であることを示します。
β-ダマセノンとサリチル酸ベンジルエステル:
β-ダマセノン: バラやリンゴの香りに含まれる化合物で、果実的な香りを持ちます。
サリチル酸ベンジルエステル: 甘い花の香りを持つ化合物で、香水やフレーバーに使用されます。
これらの化合物に対する感度を測ることで、特定の香りに対する嗅覚能力を評価します。
言語流暢性テスト:
認知機能、特に言語能力と実行機能を評価するテストです。特定の制限(例:特定の文字で始まる単語)のもとで、制限時間内にできるだけ多くの単語を列挙することを求められます。
モントリオール認知評価(MOCA):
軽度認知障害をスクリーニングするための簡易的な認知機能検査です。記憶力、注意力、言語能力、実行機能などを評価する複数の小テストで構成されています。
4種類の香り(従来の嗅覚トレーニングで使用):
フェニルエチルアルコール(バラの香り)
ユーカリプトール(ユーカリの香り)
シトロネラール(レモンの香り)
オイゲノール(クローブの香り)
7種類の香り(拡張版嗅覚トレーニングで使用):
上記の4種類に加えて、以下の3種類が追加されました:
5. (L)-(–)-カルボン(ミントの香り)
6. β-ダマセノン(煮りんごの香り)
7. サリチル酸ベンジルエステル(バームの香り)
これらの香りは、異なる嗅覚受容体を刺激し、幅広い嗅覚経験を提供することを目的として選ばれています。
所感:
本研究は、嗅覚トレーニングの最適な方法を探る上で重要な知見を提供しています。4種類の香りで十分な効果が得られるという結果は、患者にとってより簡便で継続しやすいトレーニング方法の可能性を示唆しています。また、認知機能の改善が観察されたことは、嗅覚トレーニングが単に嗅覚機能の回復だけでなく、より広範な神経学的利益をもたらす可能性を示唆しており、非常に興味深い発見です。
今後は、より大規模な研究や長期的な追跡調査が必要でしょう。特に、トレーニング期間の最適化や、異なる原因による嗅覚障害に対する効果の違いなどを検討することが重要です。また、嗅覚トレーニングが認知機能に与える影響についても、さらなる研究が望まれます。
これらの知見は、COVID-19後遺症としての嗅覚障害や他の原因による嗅覚障害の治療戦略を立てる上で、臨床医に有用な情報を提供するものと考えられます。簡便で効果的な嗅覚トレーニング方法の確立は、多くの患者のQOL改善につながる可能性があり、今後の研究の発展が期待されます。