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【医師論文解説】長距離フライトは感染リスク26倍!? 新型コロナ機内感染の衝撃の真実【OA】

背景: COVID-19パンデミック初期、航空機による移動が感染拡大の重要な要因となりました。これにより、航空業界は莫大な経済的損失を被りました。2020年1月から2021年1月までの間に、航空会社の旅客運航収入は約3700億ドル、世界の観光業は2000億ドルの損失を記録しました。2023年末までに航空業界はパンデミック前の94%まで回復しましたが、SARS-CoV-2の感染予防は依然として公衆衛生上の優先事項です。

航空機内は密閉空間で社会的距離の確保が難しいため、SARS-CoV-2の空気感染リスクが高いとされています。しかし、フライト時間や厳格なマスク着用などの要因が航空機内での感染リスクにどのような影響を与えるかについては、まだ十分な情報が集約されていませんでした。

方法: 研究チームは、2020年1月24日から2021年4月20日までの期間に発表された、商業航空機でのSARS-CoV-2感染に関する論文を系統的にレビューしました。Scopus、Web of Science、LitCovidのデータベースを用いて文献を検索し、以下の基準で論文を選択しました:

  • 感染源となる乗客(インデックスケース)が特定されている

  • フライト時間が明記されているか、特定可能である

  • 商業航空機に関するもの

  • 機内感染が確認されているもの

選択された論文から、フライト時間、マスク着用の有無、感染者数などのデータを抽出しました。フライトは短距離(3時間未満)、中距離(3〜6時間)、長距離(6時間超)に分類されました。

データ分析には負の二項回帰モデルを使用し、フライト時間と感染率の関係を調査しました。また、バイアスのリスク評価やE値の計算も行いました。

結果:

  1. 分析対象フライト数と感染状況

  • 合計50のフライトが分析対象となりました。

  • 内訳は、短距離26便、中距離12便、長距離12便でした。

  • 全体の70%(35便)では機内感染は報告されませんでした。

  1. 感染比率(感染者数/インデックスケース数)

  • 感染が確認されたフライトの感染比率の中央値は0.67でした。

  • 短距離便:0.50(四分位範囲:0.21-0.92)

  • 中距離便:0.29(四分位範囲:0.11-1.83)

  • 長距離便(マスク非強制):7.00(四分位範囲:0.79-13.75)

  1. フライト時間と感染リスクの関係

  • 短距離便と比較して:

    • 中距離便は4.66倍(95%信頼区間:1.01-21.52、p < 0.0001)

    • 長距離便(マスク非強制)は25.93倍(95%信頼区間:4.1-164、p < 0.0001) の感染率増加が見られました。

  • フライト時間が1時間増えるごとに、感染率は1.53倍(95%信頼区間:1.19-1.66、p < 0.001)増加しました。

  1. マスク着用の効果

  • マスク着用が厳格に実施された長距離便(6便)では、感染例は報告されませんでした。

  1. その他の観察結果

  • 感染源からの距離は、必ずしも感染リスクの最良の予測因子ではありませんでした。

  • 2時間のフライトでは5列離れた乗客、5時間のフライトでは6列離れた乗客、7.5時間と10時間のフライトでは2m以上離れた乗客の感染例が報告されました。

論点:

  1. フライト時間と感染リスク: 長時間のフライトほど感染リスクが高くなる傾向が示されました。これは、エアロゾル粒子への曝露時間の延長や、長距離便での食事提供による飛沫の増加が原因と推測されます。

  2. マスク着用の効果: 厳格なマスク着用が実施された長距離便では感染例がなかったことから、適切なマスク着用が感染予防に有効である可能性が示唆されました。

  3. 座席位置と感染リスク: 感染源からの距離が必ずしも感染リスクを決定する要因ではないことが示されました。これは、航空機内での空気の流れや換気システムの影響を示唆しています。

  4. 研究の限界: サンプルサイズが小さいこと、フライトの搭乗率データがないこと、空港内での感染リスクを除外できないこと、マスク着用以外の安全対策の影響を分離できないことなどが挙げられます。また、この研究はワクチン接種前のデータに基づいており、より感染力の強い変異株出現後の状況を反映していない可能性があります。

結論: この研究は、商業フライトの実証的データを用いて、フライト時間の長さがSARS-CoV-2感染リスクと関連していることを統計的に示した初めての研究の一つです。長時間のフライトほど感染リスクが高まる傾向が明らかになり、特にマスク着用が強制されていない場合にその傾向が顕著でした。一方、厳格なマスク着用が実施された長距離便では感染例が報告されなかったことから、適切なマスク着用の重要性が示唆されました。

これらの知見は、航空会社や政策立案者が感染症対策を再評価する上で重要な情報となります。特に、フライト時間に基づくマスク着用ポリシーの検討や、食事の提供方法、衛生対策の見直しなどが重要になると考えられます。今後のパンデミックや感染症流行時、特に効果的なワクチンや治療法が利用可能になる前の期間において、これらの知見は航空旅行の安全性向上に寄与する可能性があります。

文献:Zhao, Diana et al. “The Risk of Aircraft-Acquired SARS-CoV-2 Transmission during Commercial Flights: A Systematic Review.” International journal of environmental research and public health vol. 21,6 654. 21 May. 2024, doi:10.3390/ijerph21060654

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この記事は後日、Med J Salonというニコ生とVRCのイベントで取り上げられ、修正されます。良かったらお誘いあわせの上、お越しください。

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所感: 本研究は、航空機内でのSARS-CoV-2感染リスクに関する重要な知見を提供しています。特に、フライト時間と感染リスクの関連性を定量的に示した点は高く評価できます。しかし、いくつかの限界点も存在します。

まず、サンプルサイズが比較的小さいため、結果の一般化には慎重になる必要があります。また、搭乗率や機内の環境条件(温度、湿度、換気効率など)に関するデータが不足しているため、これらの要因が感染リスクに与える影響を評価できていません。

さらに、この研究がパンデミック初期のデータに基づいていることから、より感染力の強い変異株や、ワクチン接種の影響を考慮していない点も注意が必要です。今後は、これらの要因を含めたより包括的な研究が求められるでしょう。

一方で、マスク着用の効果に関する知見は非常に興味深いものです。長距離便でもマスク着用の徹底により感染を防げる可能性が示唆されたことは、感染症対策における行動変容の重要性を裏付けるものと言えるでしょう。

今後の研究では、より大規模なデータセット、変異株の影響、ワクチン接種状況、そして機内環境の詳細なパラメータを含めた分析が望まれます。また、航空機内だけでなく、空港内や移動中の感染リスクも含めた包括的な評価も必要でしょう。

本研究の結果は、今後の感染症対策や航空旅行のガイドライン策定に重要な示唆を与えるものであり、公衆衛生学的にも大きな意義があると考えられます。同時に、この分野でのさらなる研究の必要性も明らかになったと言えるでしょう。

注釈:
負の二項回帰モデル: 負の二項回帰モデルは、計数データ(非負の整数値)を分析するための統計モデルです。ポアソン回帰の拡張版で、データの過分散(分散が平均より大きい状況)に対応できる特徴があります。

この研究では、フライト中に発生した感染者数を従属変数とし、フライト時間を独立変数として使用しています。負の二項回帰モデルを使用することで、感染者数のばらつきが大きい場合でも適切に分析できます。

モデルの結果は、フライト時間が1時間増加するごとに、感染率が何倍になるかを示す発生率比(Incidence Rate Ratio, IRR)として解釈されます。この研究では、フライト時間が1時間増えるごとに感染率が1.53倍(95%信頼区間:1.19-1.66)になると推定されました。


E値: E値は、観察研究における未測定の交絡の潜在的影響を評価するための指標です。E値が大きいほど、観察された関連性を説明するために必要な未測定の交絡の強さが大きいことを意味し、したがって研究結果がより頑健であると解釈できます。

この研究では、連続的なフライト時間に対するIRRが1.53であったことに対し、E値は2.43と計算されました。これは以下のように解釈されます:

  1. フライト時間と感染リスク、および未測定の交絡因子と感染リスクの両方に対して、2.43以上のリスク比を持つ未測定の交絡因子が存在しない限り、観察された関連性を完全に説明することはできません。

  2. 信頼区間の下限(1.19)に対するE値は1.66です。これは、フライト時間と感染リスク、および未測定の交絡因子と感染リスクの両方に対して、1.66以上のリスク比を持つ未測定の交絡因子が存在しない限り、信頼区間が帰無仮説(関連性なし)を含むようにシフトすることはないことを意味します。


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