【医師論文解説】中耳再建術で認知症予防の可能性!? 110万人の多国籍大規模調査が示す衝撃の事実【Abst.】


背景:

難聴と認知症の関連性については、これまで感音性難聴を中心に研究が進められてきました。

しかし、伝音性難聴と認知症の関係、さらには中耳再建術が認知症リスクに与える影響については、十分な調査がなされていませんでした。本研究は、この重要な課題に光を当てるべく行われました。

方法:

本研究は、アメリカ、台湾、ブラジル、インドの約1億1000万人の患者データを含む多国籍電子健康記録データベース「TriNetX」を用いた後ろ向きコホート研究です。50歳以上の伝音性難聴患者と難聴のない患者を比較し、さらに伝音性難聴患者のうち中耳再建術を受けた群と受けていない群を傾向スコアマッチングで比較しました。主要評価項目は認知症の発症率であり、オッズ比とハザード比を95%信頼区間とともに算出しました。

結果:

  1. 伝音性難聴と認知症リスク:

    • 50歳以上の伝音性難聴患者103,609人中、2.74%が認知症を発症

    • 難聴のない患者38,216,019人中、1.22%が認知症を発症

    • オッズ比: 2.29 (95%信頼区間: 2.20-2.37)

  2. 中耳再建術の影響:

    • 伝音性難聴患者のうち、39,850人が中耳再建術を受診

    • 平均年齢31.3歳、51%が女性

    • 傾向スコアマッチング後、各群39,900人で比較

    • 中耳再建術群の認知症発症率: 0.33%

    • 対照群の認知症発症率: 0.58%

    • オッズ比: 0.58 (95%信頼区間: 0.46-0.72)

議論:

本研究結果は、伝音性難聴が認知症リスクを有意に増加させることを示しています。伝音性難聴患者は、難聴のない人と比べて約2.3倍の認知症リスクがあることが明らかになりました。さらに注目すべきは、中耳再建術を受けた患者群で認知症発症リスクが大幅に低下したことです。中耳再建術を受けた群は、受けていない群と比較して認知症発症リスクが約42%低下しました。

これらの結果は、伝音性難聴の治療が単に聴力改善だけでなく、認知機能の保護にも寄与する可能性を示唆しています。聴覚入力の改善が脳の刺激を増加させ、認知機能の維持に貢献している可能性が考えられます。

結論:

伝音性難聴は認知症リスクを増加させる一方で、中耳再建術はこのリスクを軽減する可能性があります。本研究は、伝音性難聴、中耳再建術、認知症の関連性に関する初の大規模人口調査であり、聴覚ケアと認知症予防の新たな可能性を示唆しています。

文献:Urdang, Zachary D et al. “Conductive Hearing Loss Associates With Dementia, and Middle Ear Reconstruction Mitigates This Association: A Multinational Database Study.” Otology & neurotology : official publication of the American Otological Society, American Neurotology Society [and] European Academy of Otology and Neurotology, i. 21 Aug. 2024, doi:10.1097/MAO.0000000000004308

この記事は後日、Med J Salonというニコ生とVRCのイベントで取り上げられ、修正されます。

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統計用語の解説:

傾向スコアマッチング (Propensity Score Matching, PSM):

これは観察研究において選択バイアスを減らすための統計的手法です。各患者の背景因子に基づいて「治療を受ける確率(傾向スコア)」を算出し、このスコアが近い患者同士をペアにすることで、ランダム化比較試験に近い条件を作り出します。本研究では、中耳再建術を受けた群と受けていない群の背景をできるだけ揃えるために使用されました。

オッズ比 (Odds Ratio, OR):

二つの事象の起こりやすさを比較する指標です。1より大きければ、その要因によってイベント(ここでは認知症)が起こりやすくなり、1未満であれば起こりにくくなることを示します。例えば、中耳再建術のオッズ比0.58は、手術を受けた群が受けていない群と比べて、認知症になる確率が約42%低いことを意味します。

ハザード比 (Hazard Ratio, HR):

時間の経過に伴うイベント発生のリスクを比較する指標です。オッズ比と同様に解釈できますが、時間の要素を考慮している点が異なります。本研究ではオッズ比と共に用いられ、長期的な認知症発症リスクの差を評価するのに役立ちました。

95%信頼区間 (95% Confidence Interval, 95% CI):

推定された統計値(ここではオッズ比やハザード比)が95%の確率で含まれる範囲を示します。例えば、中耳再建術のオッズ比0.58 (95% CI: 0.46-0.72)は、真の値が95%の確率で0.46から0.72の間にあることを意味します。信頼区間が1を含まない場合、その結果は統計的に有意であると判断されます。

所感:

本研究結果は、耳鼻咽喉科領域と神経学領域の接点を明確に示す重要な知見です。伝音性難聴の治療が認知症予防につながる可能性は、大きなインパクトを与えるでしょう。特に、比較的若年層で行われる中耳再建術が将来の認知症リスク低下に寄与する可能性は、予防医学の観点からも非常に興味深いものです。

ただし、この研究にはいくつかの限界があります。後ろ向き研究であるため、因果関係を完全に証明することはできません。さらに、社会経済的要因や生活習慣など、考慮されていない交絡因子が存在する可能性もあります。

今後は、前向き研究やランダム化比較試験などのより厳密な研究デザインによる検証が必要でしょう。また、伝音性難聴が認知機能に影響を与えるメカニズムの解明や、中耳再建術以外の治療法の効果についても調査が求められます。

本研究は、聴覚ケアと認知症予防の新たな可能性を示唆する重要な一歩であり、今後のさらなる研究の発展が期待されます。

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バーチャル医療研究会編集部
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