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ヤマトノミカタ#30「再生の地・吉野」

「再生の地・吉野」

あの頃の私はすべてを失って、最後に残った命すら癌に奪われるだろうと、何もない空白の中で生きていた。
今となっては何も思い出せない。なぜ吉野山の櫻本坊に私がいたのか。
何かに導かれたのか、誰かに誘われたのか、それすらも分からない。
記憶が残っているのは、櫻本坊の大広間で襖の書と何時間も向き合っていたこと。
「世界平和生命同一」この書を見た時の衝撃は今も忘れられない。

書が持つパワーに圧倒されて動けなくなってしまった。
こんなにも人間が創り出した作品で言葉に出来ないほど感動したことはなかった。
感動というひと言では言い表せない、私の心にこの作品はダイレクトに話しかけて来る。
誰もいない大広間の畳の上で、日が傾くまでこの書が放つエネルギーの中に身を置いた。
それから間も無くして、偶然に櫻本坊さんとご縁があった。
私はこの書の作者が知りたくて、ご住職の奥様にお尋ねした。
高名な書家だと想像していたが、作者は、長男さんだと知る。
それも、書かれた時は小学生!
長男さんは医大へと進学され、「医学で人の体を治し、仏教で人の心を治す」そんな志を抱かれた大学生時代に急性白血病でこの世を去られた。
想像すらしていなかった答えに言葉が出て来なかった。
長男さんが歩まれた人生から、私はいろんな思いが込み上げてくるが、いまだに言葉にすることが出来ない。
ただひとつ確信を持って言えるのは、この書が今もパワーを放ち続けていること。
作者がこの世にいなくなっても、人が創り上げた作品が人に影響を与えるということ。
それは歳月に関わらず色褪せることはない。
長男さんの書から、私は人が創造するという意味を教えられた。
私が死んだ後も誰かの心を動かすような作品を目指さなければならないと思った。
私が長男さんを知った時、すでにこの世の人ではなかった。
でも、私は長男さんと出会うことで、大切な物を受け取り、さまよっていた私の命を救って頂いた。
「人は死んだ後も、誰かを幸せに出来る」そう思うと、死ぬことの恐怖から少し解放され、創造の尊さを教えられた。
あの世の長男さんとこの世の私が繋がった。
そして、私はこれからどのように生きて行けば良いのか、そのヒントを見せてもらった。
私は東京の病院で癌の手術を受け、病気から救ってもらった。そして、吉野山の櫻本坊で心を救ってもらったのだ。
数ヶ月後、「吉野・生命と再生の地、桜とともに生きる」そのようなタイトルでシンポジウムをプロデュースすることになるが、それはまた別の機会に。

*桜とともに生きる(抜粋)

https://youtu.be/QThHM0IwzOc?feature=shared&t=226

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保山耕一
皆様からのチップは映像作家として奈良を撮影する事に限って活用させていただきます。 撮影での経験をnoteに綴ります。 撮影のテーマは「奈良には365の季節がある」 奈良の奥深さ、魅力を多くの人に届けたいです。