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ヤマトノミカタ#5「ススキとセイタカアワダチソウ」

「ススキとセイタカアワダチソウ」
あれから40年が過ぎた。私が撮影助手として最初にテレビ番組の撮影現場に入ったのは、大和路をテーマにした紀行番組、毎日放送「真珠の小箱」
8人乗りのロケ車で大和路を撮影する日々が続いた。私以外はベテランのスタッフばかり。撮影技術を学ぶだけではなく、大和路を撮影する上で独特の感覚を覚えなければならなかった。要するに大和路を撮影するのに絶対に守らなければならないルールが幾つもあった。
そのひとつが「要注意外来生物であるセイタカアワダチソウは絶対に撮影してはいけない」
映像にセイタカアワダチソウが映っていたら、編集で必ずカットされる。大和路の里山にセイタカアワダチソウがあってはならないのだ。
秋に黄色い花を咲かせるセイタカアワダチソウは当時既に奈良では広く繁殖していた雑草である。
ススキと同じような場所を好む。ススキよりも繁殖力が強く、ススキの天敵のような存在で、侵略的なイメージがある。
今でもススキがセイタカアワダチソウと陣取り合戦をしているような場所は多い。
当時はセイタカアワダチソウが社会問題にもなっていたが、時すでに遅しで、荒地や土手など、ありとあらゆる場所で繁殖していた。黄色い花は里山に咲く花と比べて毒々しく、美しいススキの原っぱを黄色に染めていく。
そのイメージから人に好まれる花ではなかった。耕作放棄地や空き地など、人の手が入らない土地には必ず生えていた。個人宅の庭も手入れを怠ると姿を見せる。
おかげで秋のロケは撮影助手にとって仕事が増える。画面に映っているセイタカアワダチソウを一本残らず引き抜かなければならない。撮影助手本来の仕事は後回しにして、朝から晩まで野原を這いずり回ってセイタカアワダチソウを抜き続けた日もあった。あの黄色はとても目立つのでごまかしはきかない。今のように編集で消すことも出来ない。でも、楽な作業ではないが、やりがいは大きかった。
大和路の里山の風景を切り取った映像から、すべてのセイタカアワダチソウが消えると、とてもいい画になった。ざわざわした感じだったのが、途端に清々しくなる。
ある時、NHKのアーカイブを観る機会があった。白黒時代の紀行番組で斑鳩の風景がテーマだった。作家の幸田文先生(幸田露伴の娘さん)が斑鳩を歩きながら嘆いているのだ。「斑鳩の景色の中にセイタカアワダチソウが増えて、大和路の風情が消えて、とても悲しい」そのようなことをおっしゃっていた。
高名な作家の言葉にセイタカアワダチソウと格闘した日々を思い出し、日本人の風景に対する繊細な感覚を誇らしく感じたのだ。一本のセイタカアワダチソウが風景を台無しにする。
私たちの先祖が見続けて来た日本の風景、この大和路の風景を守り伝えることがテレビ番組のスタッフにとって大切な使命だと、そんな自覚が私の心に芽生え始めた。テレビカメラマンを生業とするのなら、この感覚を忘れてはならない。
それから20年以上が経ち、私は毎日放送の情報番組「ちちんぷいぷい」の撮影を担当していた。
生放送で若いスタッフが作った秋の行楽情報のVTRが放送され、それを見た私は呆れて言葉を失った。
タイトルバックがセイタカアワダチソウのアップだったのだ。
これを撮影したカメラマン、ディレクター、VTRを事前にチェックしたプロデューサー、そのすべてのスタッフはセイタカアワダチソウの映像を見て何も感じなかったのだ。そして、私は思った「この番組に関わってはいけない」数年後、その番組は視聴率が悪く打ち切りになった。

*写真はススキではなくオギ(イネ科ススキ属)

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保山耕一
皆様からのサポートは映像作家として奈良を撮影する事に限って活用させていただきます。 撮影での出来事や思いをnoteに綴ります。 撮影のテーマは「奈良には365の季節がある」