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ヤマトノミカタ#28「鹿の足跡」

「鹿の足跡」
奈良県の北部で雪が積もることは、ひと冬に一度あるかないか。
奈良の季節を撮り続けるなら、積もらない雪であっても絶対に外せない季節の表情。
雪国の人には申し訳ないが、私は雪を心待ちにしている。
雪と古都、雪と紅葉、雪と梅、雪と桜、雪と柿、いつかは撮りたいと願い続けている雪のシーンはいくつもある。
数年前、奈良県北部で夜に雪が降った時の忘れられない思い出。
深夜に雪雲は消え、夜が明ければ陽射しと共に積もった雪は溶けてしまうだろう。
私は迷うことなく夜明け前の飛火野へ。
当時、真冬のその時間にアマチュアカメラマンを見かけることはなく、飛火野には私一人。
人の足跡が無い雪景色を前に、私は気持ちの高揚を抑えながら三脚にカメラをセットした。
その時だった、私の背後から若者たちの声が聞こえる。
まだ薄暗い夜明け前に、楽しそうな話し声。
振り返ると、真冬なのに薄着の7人が道路を渡ってこちらへやって来る。
その格好は例えるならヒップホップ系のファッション。雪を見て歓声をあげている。
私はその若者たちにお願いした。
「この真っ白な飛火野をワンカット撮影させて欲しい、どうか30秒だけ私にください」
7人は私の言葉に立ち止まり、リーダーと思われる一人が少し考えてから答えた。
「絶景ですね。この雪に足跡が許されるのは人間ではなく、鹿だけですよね。僕らもこの雪景色を楽しみます」
笑顔でそう言った。そして、その後の若者たちの行動に私は驚いた。
足跡を残さないように、飛火野の周り(外側)を一周歩いて帰って行ったのだ。
「この雪に足跡が許されるのは鹿だけ」
若者のその言葉が私の心に刺さっていた。
私は、誰もいない真っ白な飛火野を撮ることしか考えていなかった。
でも、若者の言葉に触発されて、私が撮るべきは、鹿の足跡が残る飛火野。
雪と飛火野、私の抱いたイメージは浅かった。
テレビ番組のロケでも良くあることだった。誰かの一言からイメージが広がり、撮るべき切り口が見えてくる。ディレクターの言葉だけではなく、スタッフの雑談から撮影のヒントをもらうことは珍しくはない。
テレビ番組のロケは映画のように絵コンテなどはない。台本をベースに撮影を進める中で、常にイメージを膨らませていく。まわりのスタッフの意見で撮影や演出がより深まることがある。
そんなことを思いながら、雪の飛火野に鹿が現れるのを待ち続けた。
降ったばかりの新雪に鹿の足跡が続く。鹿の姿はあえて撮らず、そこから物語が始まるような、そんな映像となった。
それにしても、あのタイミングで7人の若者が現れるとは、とても不思議な出会いだった。
7人?
もしかして、あの若者たちは七福神だったのかも知れない。
奈良とはそんな場所なのだ。

*雪景色(春日大社)
https://youtu.be/IkVQy032xHk

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保山耕一
皆様からのチップは映像作家として奈良を撮影する事に限って活用させていただきます。 撮影での経験をnoteに綴ります。 撮影のテーマは「奈良には365の季節がある」 奈良の奥深さ、魅力を多くの人に届けたいです。