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ヤマトノミカタ#59「命懸けの祈り」

祈りとは何だろうか。
神仏に祈るとはどういう事だろうか。
日本人に生まれ、日常に神社やお寺がある。
今までの人生で何度も神様や仏様の前で手を合わせ祈ってきた。
合格祈願や大願成就に家内安全。厄年には厄払い、大病すれば病気平癒にガン封じ。
いつも自分の事ばかり願い続けて来た。そして、それが当たり前の祈りだと思っていた。


私が奈良で出会った人々の祈りはそんな祈りとは全く違う。
人の幸せを祈っている。国の安寧を祈っている。
周りの人が幸せになれば私も幸せになれる。取引先の商売が繁盛すれば私も上手くいく。

利他の心を持って神仏に祈りを捧げている。
そこには自分だけが幸せになれば良い、そんな考え方は微塵もない。
それが奈良の社寺で毎日のように行われている祈りである。


この記事で紹介するのは金峯山寺五條良知管長猊下による八千枚大護摩供のドキュメンタリー映像。(八千枚とは多いという意味、実際にはそれ以上の護摩木が使われる)
一昼夜を通して護摩の炎に祈りを捧げる荒業である。
私は五條管長を撮り続け、人間が神仏に祈りを捧げるその正体に少しだけ近付けたような気がした。

八千枚大護摩供の準備は夏から始まっていた。
精進潔斎である。
精進潔斎とは主に肉食を断ち、行いを謹んで身を清めること。
ニンニクやニラなどの臭いの強い食物やドジョウなどの泥の中にいるものも避ける。

身体と精神を清め穢れのない状態にする。
精進潔斎の内容は秋の本業が近づくにつれてよりストイックな内容に変わり、1ヶ月前には五穀を断ち、直前には塩すら口にしない。最終的に断食となる。

本行前日にお会いしたが、極端に痩せられて、まるで別人の体になっておられた。

体重はかなり落ちたが、五感が敏感に鋭くなったと五條管長はおっしゃった。
例えば嗅覚、吉野山から都会へ出ると人間の臭さを感じて驚かれた。
今まで眠っていた五感が目を覚ましたのだ。
心身を清めるだけではなく、これまでよりも神仏の近くに行かれるので、すべての能力が高まり極限状態に近いと感じた。ある意味、スーパーサイヤ人状態。

いよいよ24時間ぶっ続けの八千枚大護摩供が始まった。
撮影は長丁場なので最初は三脚を使っていたが、すぐに考え方を改めた。
五條管長は命懸けでこの荒業に挑まれている。私が楽をして撮影しても、本質に気付くことは出来ないだろうと悟った。

五條管長と同じ空間で撮るのだから、出来る限り護摩の炎に近付き、同じ熱さを感じながら撮影することにした。

その為には、護摩の近くでは三脚を使わずにすべて手持ちで撮影。体力的に楽ではない。
でも、同じように何かを乗り越えようとこの場にいる。その点では五條管長と同じ気持ちで最後まで並走したかった。
自ら荊の道を選んだが、そうしなければただの記録映像になっていただろう。
三脚を使って楽に撮影したなら、神仏に近付かれた五條管長の真のドキュメンタリーにはならなかっただろう。

お昼に護摩供が始まり、日が沈んだ頃だった。五條管長の顔色が少し赤い。頬に多くの汗が流れるようになった。眼光は鋭いが間違いなく体調が悪いことが伝わって来た。
精進潔斎で体はかなり絞られている。
だから、汗が流れるのは危険信号。普段の護摩供でもこれほどの汗を流される五條管長を見たことは一度もなかった。
発汗による脱水症状が心配になったが、護摩供は続けられる。

蔵王堂の中の空気は護摩で乾燥し室温がかなり上がっていた。そんな環境が五條管長の体調を更に悪くしているのは間違いなかった。

そんな心配をしていると、突然に黒い雲が湧き立ち、大雨が降った。
その雨のおかげで蔵王堂内は一気に潤う。すると五條管長の額から汗が消えた。
中断することなく続けられ、五條管長の護摩供は深夜に入る。
少し安心して蔵王堂の外へ出ると雲の切れ間から満月が一瞬だけ現れ、やさしい光で蔵王堂を照らした。

開始から12時間以上が経った。五條管長にとって夜明けまでの時間が大きな試練となっていた。撮影を続ける私も疲れがたまっているが、五條管長は私の比ではない。

何としてでも結願を向かえて欲しいが、何よりも五條管長の命が心配だった。
カメラを通してファインダーに映る五條管長の姿を見つめながら、私には撮影することが唯一の応援だと思い、撮影を続けた。

一番の難所だと思われた夜明け前に蔵王堂の上空ではとんでも無いことが起こった。
東西南北から蔵王堂に向かって雲が集まり始めたのだ。
そして、護摩が続けられている蔵王堂はすっぽりと雲のドームに覆われた。
五條管長の祈りに引き寄せられるように、雲が集まり、霧が蔵王堂の堂内にも微かに流れてきた。

吉野山の神々が湧き立つ雲と共に夜明け前の蔵王堂に集まったのだ。
どれだけ多くの神と仏が蔵王堂に集結したのだろうか。
数多の神仏の中で五條管長の祈りは続き、護摩は燃え続けた。
私はとんでもないものを撮影している。

夜が明けると、蔵王堂を包んでいた雲は消え去り、太陽が蔵王堂を照らした。
護摩の炎で照らし出された五條管長は、幾多の困難を乗り越えた聖人のような表情に変わっていた。
この姿こそ、清らかな穢れのない人間だと、撮影しながらそう感じた。

一昼夜を通しての八千枚大護摩供、結願の時はやって来た。
蔵王堂に来迎された吉野山の神仏と共に、五條管長は最後の護摩木を投げ込まれた。
最後の護摩木が燃え尽きて法螺貝が蔵王堂内に響いた時だった。
一陣の強風が堂内をぐるりと駆け巡り、五色の幕を大きく揺らして出ていった。

ドキュメンターとして撮影し感じた事は、護摩供が始まると吉野山のすべてがその祈りに反応したという驚き。最後は吉野山の自然と神仏と人間が一体となって祈りが捧げられた。

吉野山がどういう所なのか。
なぜここに蔵王堂があるのか。
人はなぜ護摩を燃やして祈るのか。
なぜ五條管長は命を懸けてまでこの荒業に挑んだのか。

撮影を続けることでその答えを教えていただいた。

そして、その真ん中に存在するのはご本尊金剛蔵王大権現であり、すべてを受け止めて下さった。

一昼夜の護摩を終えた五條管長は、人の手を借りなければ蔵王堂の階段を降りる事が出来ない程に衰弱されていた。歩くのが精一杯に見えた。
そんな五條管長にカメラを向けながら近付くと、こうおっしゃった。

「保山さん、お身体大丈夫ですか?」

その言葉に祈りの本当の姿を見た。

*八千枚大護摩供
https://youtu.be/pDoLegN2biQ



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保山耕一
皆様からのチップは映像作家として奈良を撮影する事に限って活用させていただきます。 撮影での経験をnoteに綴ります。 撮影のテーマは「奈良には365の季節がある」 奈良の奥深さ、魅力を多くの人に届けたいです。