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ヤマトノミカタ#21「桜と涙」

「桜と涙」

作品上映会で桜の映像詩を上映すると、観客の多くが涙を流しながら観ておられる。
その様子を見て、私も涙ぐんでしまう。
人は美しい風景を目にすると無意識に涙がこぼれる。
観客の涙の多くはそのような涙だと思っていた。
でも、作品上映会の回を重ねると、気が付いた。真実は少し違う。
泣いておられた観客にお話をうかがった。映像詩を観ながら、いろんな思い出が蘇って涙を流しておられる。
人それぞれ、心の奥にしまっている悲しい思い出をお持ちで、桜の映像詩がきっかけとなり、思い出しておられるのだ。
私は癌に倒れ、余命宣告を受け、テレビカメラマンの仕事をすべて癌に奪われた。
テレビカメラマンとして桜の撮影はライフワークだと言い続けて来た。
私は癌の手術後も治療を続けながら、テレビを離れても桜を撮り続けた。
世界の中で私が一番不幸だと言わんばかりに、悲しみを桜に投影して映像詩を上映していた。
そして、観客の涙から私は教えられた。
悲しいのは私だけではない、不幸なのは私だけではない。

多くの人が簡単には言葉に出来ないような悲しくて辛い経験をしている。
心の奥に悲しみをしまいながらも、日々頑張って生きておられる。
そんな皆さんが桜の映像詩を見て、素直な気持ちになられ、涙を流されている。
辛い経験が人をより優しくし、その優しさがあたたかい涙となって頬をつたうのか。
桜の映像詩は涙の理由ではなく、心の蓋を開く、きっかけにしかすぎない。
そんな皆さんの涙に私は多くを教えていただいた。
ある女性が私の映像詩を観た後に号泣された。
お子様を自死で失い、涙すら出ないほど深い悲しみの中にいた。でも、映像詩がきっかけになって、初めて泣くことが出来たとおっしゃった。
人の悲しみの深さを思い知らされた。自分の死よりも、もっともっと悲しい事が人生には起こる。
桜の映像詩が悲しみに染まった心を浄化して涙となってこぼれ落ちる。
悲しいだけの涙ではない、後悔や懺悔、裏切りや失望、老いの悲しみと病気の苦しみ、人にはどうすることも出来ない現実があり、それを乗り越えてさらに前を向いて歩いて行かなくてはならない。
そんな人生の中で、美しいものを見て自然と涙を流すことで、心が浄化され、これから先も前を向いて進める。
私の映像詩が頑張って生きておられる皆様のほんの一瞬でも癒しになればいい。
そんな気持ちで作品上映会を開催し続けている。

*祈りの桜
https://youtu.be/tthG90qbvCg

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保山耕一
皆様からのチップは映像作家として奈良を撮影する事に限って活用させていただきます。 撮影での経験をnoteに綴ります。 撮影のテーマは「奈良には365の季節がある」 奈良の奥深さ、魅力を多くの人に届けたいです。