ヤマトノミカタ#48「人の一生と花鳥風月」
花鳥風月をウェブで検索すると、>>自然界の美しい景物。
簡単なようで奥の深い言葉。学生時代に学んだ記憶では、花は春の美しさ、鳥は秋の風情、風は夏の涼しさ、月は冬の寂しさ、それぞれが春夏秋冬を表している。
私は高校を卒業してすぐにテレビ番組のロケで撮影助手として働いた。
ベテランの監督やカメラマンは豊富な人生経験から仕事だけではなく色んなことを教えてくれた。テレビ番組を作る仕事は日々様々な人と関わることから、経験から得られる知識はとても興味深かった。
お酒を飲みながら食事の席で、監督から「花鳥風月の意味を知っているか?」と聞かれた。そういう時は中途半端に答えるより「知りません」と必ず答える。
そうすれば、いつも面白い話を聞かせてくれる。
「花鳥風月はその順番に意味がある。人間が生まれてから死ぬまで、心が動く順番に並んでいる。小さな子供でも花の美しさは分かる。小学生にでもなれば鳥の囀りに興味を持つようになる。大人になれば、吹く風にも色んな感情が湧いてくる。そして、人生の最期が近づけば月を見上げるだけで涙がこぼれる。それが花鳥風月の本当の意味」
なるほどと感心していると、先輩カメラマンがそれに続く。
「花鳥風月はカメラマンにとって撮るのが難しい順番に並んでいる。花は素人でも美しく撮れる。鳥は機材を上手く使えるようになればそれほど難しくない。風の映像で人を感動させるには経験が必要になる。そして、月で人の心を動かす映像を撮るには感性がいる」
なるほどと感心していると、最年長のロケドライバーが最後に付け加える。
「月を撮って人を泣かせられたらカメラマンとして一人前。でも、月を見て感動するようになれば、寿命はあと少ししかない。人生をすべてかけなければ、いいカメラマンにはなれない」
酒の席でのネタ話なのかもしれないが、ロケが終わって先輩方と食事をする時は、いつもこんな話で盛り上がった。私は父親とは縁がなく、家族で会話した記憶がない。そんな私にとって人生や仕事の大先輩から色んな話を聞いた経験は、今も宝物として心に残っている。
その頃の私は、風や月で感動することは全くなかった。
それから撮影の世界に身を投じ、一人前のカメラマンを目指してひたすら頑張った。
ある時、撮影現場へ向かうロケバスの中でふと気が付いた。
車内を見渡して私が最年長になっている。
遠い昔に色んなことを若き日の私に教えてくれた先輩のポジションに私は立っていた。
人生は長いようで、実はとても短い。
その後、癌に倒れた私は職場を離れなくてはならなくなったが、今もカメラと共に生きている。
そして、月の撮影に没頭している。
月で人を感動させられるカメラマンを目指して。
*月齢1、五重塔へ沈む