見出し画像

ヤマトノミカタ#72「黒い若草山」

私が大和路をテーマにしたテレビ番組に関わったのは40年以上前。
そこ頃によく言われていたのが「奈良の人は若草山の山焼きと東大寺のお水取りは観に行かない」
それは私にも実感としてあり、奈良に暮らしていても、一度も行ったことの無い人が驚くほど多かった。
その理由のほとんどは「興味がないし寒い」だった。
私がよく口にする「奈良のことを一番知らないのは奈良の人」この言葉はそんな経験が土台になっている。

あれから40年以上の時間が流れ、奈良の人の行動や意識がずいぶんと変化したのではないか。
私のまわりの奈良で暮らす人の間では、山焼きがよく話題になる。
私の知る限り、若草山の山焼きは、伝統行事という印象はあまり無い。
始まりの理由は近隣の農家が害虫駆除のために若草山を焼いたとか。
いつしか昼間の山焼きを夜間に行うようになり、それを観光目的にPRしたのが最初ではないかと認識している。
確かに若草山の山焼きの歴史を紐解くと、春日大社や東大寺、奈良の奉行所などが古い文献には登場し、いろんな経緯を経て今があることが分かる。
今では金峯山寺の山伏による法螺貝の音と共に山焼きが始まる。
花火が上がり、山に火が放たれ、若草山が燃え上がる。
冬の奈良では欠かせない風物詩になっている。

数年前、山焼きの翌日に若草山を見て驚いた。
まるで炭のように黒々とした若草山、これまでに見たことのない見事な焼けっぷりだった。
山焼きの翌日、奈良公園界隈では挨拶のように若草山が話題になる。
今年はよく焼けた、今年は駄目だった。
雨が降ったから、風が吹いたから、焼き方が悪かった、良かった、などなど。
勝手な想像で話は盛り上がる。

私は、これまでの経験から、今年は良く燃えるだろうと予想していた。
雨がなく、乾燥が続いていたからだ。
期待していたのが、数年前を超える黒い若草山だった。
今でもあの年の黒い若草山は忘れられない。

若草山は一年で五色に変化すると言われている。
冬枯れの色
新緑の色
雪の白
山焼きの赤
そして、黒い若草山
夕陽に染まった赤と言う人もいる。

今年は史上最高の黒を期待していたが、翌日に見た若草山は半分程度しか燃えていない。山麓から駆け上がるはずの炎が途中で勢いを失っているのが燃え後から見てとれる。
自然というのは奥が深い。人間ごときが思いを巡らしても理解は遠く及ばない。
黒くない若草山を見て反省するのは、浅い知識ですべてを分かったような口をきくのは慎まなければならない。
自然についてもっと謙虚にならなければ、その奥を見ることなど出来ない。私たちが持っている知識など、全体から見ればほんの一握りしかない。
黒くない若草山が雄弁に語っていた。

余談だが
私はテレビの旅番組に関わっていた経験があり、視聴者からのいろんな話が耳に入ってくる。
10年以上も前のデータだが、他府県の観光客から見て、若草山焼きの評判はとても悪かった。その主な原因は、山焼きと花火の合成写真。
若草山焼きの実際を知らない他府県人が合成写真のイメージを持って寒い冬の奈良に来る。
確かに花火は美しく、山焼きは迫力あるのだが、合成写真のイメージを越えるような感動までには至らない。
結局、合成写真でハードルを上げているので、観光客の満足度は上がらない結果になる。
アマチュアカメラマンが合成しようが何をしようが全く問題ない。
奈良県などの公的な立場でありながら、観光ポスターに合成写真を使ったり、雑誌などに合成写真を提供していることが問題だと思う。
だから、期待した観光客の感想が「だまされた」になるのだ。
最近は大新聞も合成写真を使っているので呆れてしまった。

テレビ番組で「日本全国ガッカリ観光地」という企画があった。
リストアップされていたのが、札幌の時計台、高知のはりまや橋、長崎のオランダ坂などで、若草山焼きは行事だったのでリストからは外れたが、観光客のガッカリ度ではかなり上位だった。
最近はSNSの情報で行動される方も多い。
アマチュアの写真合成技術もかなり向上している。
そして、当たり前のように花火と山焼きを合成して、ネットにアップされている。
合成写真だと分かるように注釈されている場合も多くなった。
でも、ひとつだけ言わせて頂くと、偽物というイメージがある合成という言葉は、いかがなものだろうか?
私は思う。これらの写真の多くは、合成ではなく、アートではないか。
合成写真ではなく、「アート作品」だとクレジットして欲しい。
アートの素材となるような若草山焼き。
アートなら合成しようが加工しようが問題ない。逆に想像力が掻き立てられる。
そうすれば、ガッカリする観光客もいなくなるのではないだろうか。


*黒い若草山
https://youtu.be/TY8a_nVidFQ

若草山の山焼き4k(合成)
https://youtu.be/YM7wIxrKm4A

*和太鼓倭(和太鼓倭のパフォーマンスでの背景映像)
https://youtu.be/IUXyJ903_hM?feature=shared

いいなと思ったら応援しよう!

保山耕一
皆様からのチップは映像作家として奈良を撮影する事に限って活用させていただきます。 撮影での経験をnoteに綴ります。 撮影のテーマは「奈良には365の季節がある」 奈良の奥深さ、魅力を多くの人に届けたいです。