【短編小説】空を飛ぶ
軽く、軽く、空を飛ぶ。
体重が無くなったみたいに、背中から羽が生えたみたいに、軽く、体が浮いていく。
そしたら私はどこまでも行けて、自由に空を駆け抜けて、こんな世界ともおさらばして………。
そんな夢を、毎日のように見ている。
この世界は、生きづらいんだ。私にとって。
私は浮いてる。
文字通りの意味ではなく、なんというか……周りと話が合わないのだ。
周りにとっての普通は、私にとっては疑問で、私にとっての普通は周りにとっては異常らしい。
わからないよ。
なんで笑うの?なんでそんな目で見るの?
私、そんな悪いことした?
私にとっては、これが普通なのに。
こっそり開けて入った屋上で私は叫ぶ。
「普通ってなんなんだよーーー!!!」
「普通なんて、存在しないよ」
「え?」
どこからが声がする。
「ここだよ、ほら、上!」
「うわぁっ!」
どうやってあんなとこ登ったんだろう。
屋上のさらに上、あんなところ初めて見た。
というか………。
「あなた、誰?」
私の叫びに返事をしたロングヘアの女の子は、私と同じ学校の制服を着ていなかった。そもそも制服じゃなかった。純白の、ワンピース。見た目は私と同い年くらいに見える。ふわりとワンピースを揺らして、こちらへ降りてきた。まるで、白鳥みたいだと思った。
「私、ここの卒業生。5年前に卒業した。あなた、1年生?よくここの入り方わかったね」
「屋上、好きなの。鍵も作れたし、それに教室は……息苦しいから」
「息苦しいね。教室。私もそうだった。だからいつもここに来てた。授業は…必要最低限だけ受けてた」
私、ひとりじゃないんだ。
同じような人もいるんだ。
「あなたも、浮いてるの?」
「私も、浮いてる。話が合わない。まるで、私だけが違う星からやってきたみたいに」
「合わせないと、いけないよね」
「どうして?」
「合わせないと、変な目で見られる。合わせないと、笑われる。お母さんに、怒られる」
「そんなの、異常よ」
「え?」
「おとな達はみんな、個性を大事にしなさいって言う。けど、それと同時に協調性を大事にしなさいとも言うわ。矛盾の塊よ。それに押しつぶされて、馴染めないと感じる人は必ず出てくる。そんな人達のための逃げ場が、ここ」
「私、ひとりじゃない?」
「うん。あなたは、ひとりじゃない。またおいで。私ここで待ってるから」
「ずっとここにいちゃダメなの?」
「授業あるでしょ?ちゃんと出ないと怒られるよ。サボりたい時はここに来るといいよ」
「ありがとう」
チャイムが鳴る。戻らなきゃ。
「行ってらっしゃい。またね」
「うん。またね」
女の子から背を向け扉に手をかける。
風が吹いて、思わず振り返ると、もう誰もいなかった。もといた場所に戻ったのだろうか。
階段を降りて、廊下を歩いていると、先生が向こうからこっちに歩いてくる。
何も気にしてないふりをして、すれ違おうとした。けど、場所が悪かった。
「どこ行ってたの?そっちの方、屋上しかないけど」
幸い、声をかけてきた先生は保健室の先生。
ある程度は私の事情も知っている。
「屋上に行ってた。白いワンピースの女の子に会ったよ。5年前の卒業生って言ってた」
「5年前の、卒業生?白いワンピースの女の子?」
「先生?どうしたの?」
「その子、今もいる?」
「多分いるよ」
突然、先生が走り出した。屋上へ向かって。
授業はもういいやって思って私も走った。
扉の前で先生は止まった。鍵を持っていなかったらしい。私は鍵を開けた。
扉の向こうには、さっきの女の子が、そのままの姿でいた。
「あれ、どうしたの?授業嫌になった?」
「あなた…………」
「先生………?」
「そんなところ危ないわよ。戻ってきて」
「……嫌だ。私はあんなところに帰りたくない。空を飛びたいの。先生、飛ぶところ、見ててくれる?」
女の子は安全用の柵を軽々超えて反対側に立つ。
ここは屋上。校舎は三階建て。タダじゃ済まない。
女の子が柵から手を離し、体が空へ浮く。
「ダメ!!!」
先生と私の声が重なった。
物音も何も無く、彼女は消えた。
先生は、泣いていた。
「あの子は5年前私が救えなかった生徒。あなたには、ああなってほしくない」
それだけははっきりと聞こえた。
私は何も言えなかった。
とりあえず、屋上を出た。
先生を保健室に連れてった。私もそこにいた。
先生が休んでる隣で、私はさっきのことを思い出していた。
空を飛んだ時の、あの姿。
綺麗だと思った。
あんなふうに飛びたいと思った。
だけど、誰か悲しむのかな。
友達?そんなのいない。
お母さん?いつも私に怒ってばかりだからそれもないか。
誰かいる?誰もいない。
さっきのあの子、ワンピースが揺れただけだけど、羽みたいに見えた。
私にも、羽が欲しい。
どこまでも行けるような、空を飛べるような羽が。
また行ってみよう。
先生、ごめんね。
「こんにちは」
「こんにちは。あなたも、空を飛びたいの?」
「あなたみたいな、羽が欲しい」
「それじゃあ、飛び方教えてあげる。一緒に行こう」
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