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まい すとーりー(24)再就職後10年のあゆみ

霊友会法友文庫点字図書館 館長  岩上義則
『法友文庫だより』2021年春号から


あれから十年たったかなァ

「あれから十年たったかなァ」
 昔ヒットした演歌の曲名ですが、その歌詞の一部分でもあります。思えば、私が霊友会法友文庫点字図書館に再就職したのが2011年4月1日ですから「あれから十年たったかなァ」なのです。

歩行は自己流

 私は道を覚えることや単独歩行は上手な方だと過信していた点があります。実家のある能登半島の集落は里山地域で、道路らしい道路は1本しかなく、周辺は崖や田んぼや小川だらけ。また、当時の金沢市内の道路事情の悪さも定評がありました。道路が狭い上に歩車道の区別がつきにくく、どぶだらけの町でした。しかし、不思議なことに、どこに住んでいても、大ケガの経験は1度もなく、行きたい所を自由に動き回っていました。

 そんな私ですから、東京へ来たときは、歩車道の区別が明瞭で、路地や横道の存在を示す段差もあって歩きやすく、他人から「都会は人や車が多いから大変だよ」と注意されていましたが、住んでみれば、大変どころか抜群の快適さ。「こんなに歩きやすく、安全な大都市に住む盲人は、それだけでも幸せだなあ」と感じたものでした。

 それなのに、バリアフリーが進んだこのご時世に、行政の中心地に近い神谷町駅周辺や道路に点字ブロックがなかったりするのはひど過ぎはしないかと強い不満を持ったものです。
 そこで、前館長と国土交通省へ「ぜひ神谷町に点字ブロックの敷設を」と陳情に出かけました。
 それでようやく神谷町駅から飯倉交差点まで点字ブロックが敷設されたのですが、実現したのは何と2年後のことでした。しかも、この地域は、東京オリンピック・パラリンピックに向けて特別開発地域に指定されていたことから、現在に至るも道路の拡幅やビルの新改築が続くとともに、駅の出口変更、エレベーターやエスカレーターの設置変更などの工事は切れ目なく、歩行の苦労は並大抵ではない10年でした。

 そこで私は仕方なく、環境の激変に対応するために、初めて専門の歩行訓練士に訓練を依頼することにしました。
 歩行訓練士は実に親切丁寧に教えてくれたので、職場までの地図や駅・ホームの様子、危険個所の存在などは「教わって良かった」とつくづくありがたく思いました。
 しかし私には、どうにもしっくりこない点があるのです。白杖のつき方、目標物の見つけ方、障害物への対応などという点になると、今まで培ってきた自己流とはあまりにも違うので、実践しようとすればぎこちなく、かえって危険な場合さえあるのです。

 自己流の歩行術は、反響の感知と足裏の目が主なのですが、どうやら専門の訓練項目にはそれらは無いようです。
 無理からぬことです。訓練は、晴眼者が晴眼者の目で見た情報に対して、白杖の振り方を主にして危険や障害物を捉えたり対応したりする手法なので、特に中途失明者の歩行訓練に反響を採用するなどは基本的に無理なのです。
 ですから私の歩行は、訓練士から習った地図情報を有効に活用しつつも、きわめて主観的な自己流歩行術ということになります。しかし、自分では「おれ流も捨てたものではない」として頼り続けています。

 

優しい助っ人たち

 そんな私の通勤風景をいつも気にかけてくれる女性社員のグループがありました。法友文庫点字図書館の並びで、50メートルほど神谷町駅寄りのビルにある、スペインとの貿易を業とする商事会社の4、5人です。
 その人たちが、毎日のように駅から点字図書館近くまで交替でエスコートしてくれるのです。

 しばらくして、もう一人別の女性が加わりました。神谷町周辺はロシア大使館、オランダ大使館など、大使館の多い土地柄ですが、この人はオランダ大使館に勤務しているとのことでした。
 爽やかな女性たちと交わす束の間の会話はそのつど楽しく、マスコミには載らない国際ニュースもたくさん話してもらえて、幸せいっぱいのお散歩通勤でした。

 ところが昨年、新型コロナウイルスの発生以来、楽しいお散歩通勤がパッタリ途絶えてしまったのです。コロナのせいだけではありません。彼女らの勤めていたテナントが大幅な改築のため、職場が移転してしまったのが真相のようです。
 彼女らの一人から届いたメールで分かったのですが、オランダ大使館の女性にも、スペインの貿易に関わる女性たちにも長年の厚意に謝意を述べることさえ叶わぬままの別れになったのはとても残念です。

 

 私の在任期間がまる10年になりました。特別嘱託の館長として1年契約で、最長3年と聞いていましたのに、どうしたわけか10年経ってしまったのです。10年もあれば大きなビジョンを掲げて事業を進めることもできたかも知れないと悔やまないこともないのですが、10年は結果なので最初にビジョンや計画を示すわけにもいきませんでした。

 ただ、着実に1日1日、1年1年を務められたことは、際立った成果はなくとも、10年分の何かしらの成果が残ったような気もするのですが。期間はどうであれ、また契約が1年延長しました。この1年を限りなく大切にしながら、真剣に事業に向き合いたいと思います。

 みなさまのご支援を心からお願い申し上げます。



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