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消えた『投票所入場券』の怪に巻き添えを食う猫の段

日曜日とはいえ、今日は仕事がある。
朝、出勤の準備を終えたところで、茶の間へ向かい、テーブルに置かれた『投票所入場券』を手に取る。その後、バッグの上に置いて、洗面所へ向かう。歯を磨き、いざ、出勤である。

「選挙の紙、持ったぁ」
「持ったよー」

家の奥から響く母の声に応えて、家を出る。

駐車場へ向かう途中、ふと、入場券をバッグに入れたか気になり、車のドアを開けたところで、念のためバックの中を確認する。

『あれ? ない』

玄関へ引き返して探すが、どこにも見当たらない。
今日は早めに帰るから、帰ってからもう一度探そうと思い直し、改めて家を出た。


というのが、出勤の途中、我が家に寄り道した姪の話である。

我が家の猫にちょっかいを出し、軽い猫パンチを食らいながら、ひとしきりそんな話をして、

「お昼にうちへ行ったら、探しておいて」
と言い残すと去って行った。


昼時、わたしにとっては実家となる姉の家に行く。
畑へ行くといっていた姉はまだ帰っていない。一緒に食事をするために、勝手に昼食の準備をする。

姪の部屋に続く階段の下を通りがかり、見覚えのある紙が目が止まる。
階段の下から4段目。『投票所入場券』だった。

すべり止めから3分の1ほどはみ出し、不安定ながらも少し傾いた角度で着地している。

「入場券あったよー」
SNSで姪に連絡する。


さて、夜になり、無事に投票を終えた姪も帰ってきた。
そろそろ夕食の準備を始めるころだ。

まずは、一緒に連れてきている猫のごはんを準備する。
台所から水を運んで茶の間に戻ると、

「ねえ、どこにあった?」

炬燵の座布団にひっくり返ったまま、その脇を通過するわたしに姪が声を掛けてきた。

「階段のとこに置いてあったでしょ。あそこに落ちていたんだよ」
「どうしてだろう」
「どうしてだろう?」

姪の言葉に素直に反応して、水の器を持ったまま、『どうしてだろう?』と自分に問う。

「バッグかからだに、くっついていたんじゃない?」
思いついた無責任な推理をテキトーに口にする。

「なに、なに、あんた、選挙の紙、持ったって言ってたじゃない。わたしが『紙持ったぁ』って聞いた時にさ、云々……云々……」
炬燵の向こう側から会話にはいってきた姉のターンは、話が長い。争点の主旨もズレている。

「ほら、今日は編み目の粗いニット着てたし、バッグを持つ時にひっかかったんだよ」
「バッグを持った勢いで、飛ばしたんかもよぉ」

わたしが姪の服装チェックをしていることがバレる迂闊な発言をした直後、今度は争点に添った反応をして、満足げな姉。

「階段に落ちるわけがないんだよ」
「はい?」
「二階へ行ってないもん」


初耳である。


猫のランチョンマットを所定の位置に広げながら、今聞いたことを頭の中で反芻する。

「二階へ行ってないの?」
「行ってないよぉ」
「なんで?」

『へっ?』という顔で見上げてくる姪に、言い直す。

「なんで、階段に落ちてたの?」
「でしょう」

姪が最初に問うた「どうしてだろう」が、ようやく一歩前進した。

「だからわたしが、ちゃんと持ったかって聞いたのに」
姉はすでにこの話題を放棄したい模様。

「で、バッグはどこに置いてあったの?」
「玄関の一段下がったとこ」
上がりかまちのことらしい。

「階段を降りてきて、玄関にバッグを置いて、それから茶の間に行って、『投票所入場券』を持って、名前を確認しながら引き返して……バッグの上に置いて、洗面所へ歯を磨きに行ったんだよ。階段にあるはずないんだよ」

朝の行動を思い起こしながら、この度は丁寧な説明があった。

「ほんとに二階へ行ってないの?」
わたしはあくまで姪の証言に懐疑的だ。

「行ってないよ。行ってないはず。行ってないと思う」
「……」

水の器を置き立ち上がったところで気を取り直し、腕を大きく振り回しながら、姉の案を採用してみる。

「じゃぁ、バッグを持つ時に飛ばしたのかも」
「そんなバッグの持ち方しないよぉ」
「だよね。しかも、カーブして階段に飛んでかないよね」

上がり框の奥は靴の収納庫を兼ねた壁になっている。階段はその壁の外れにある。よほど器用な飛び方をしない限り、階段にはたどり着けない。

「玄関出る時に風が吹いたとか?」
姉は辻褄合わせをしようと試みる。

「そもそも階段に置いたんじゃない?」
「なんで、わざわざ階段まで持っていくの?」
「バッグは二階にあったんだよ」
「えー、わたし、二階へ行ったのかなぁ」

すでに未解決確定の様相。話は堂々巡りになりつつある。

「あー、今朝のことなのに。記憶がぁ……」
顔を覆いジタバタする姪。

「見守りカメラが欲しい! 今朝のわたしを観てみたい!」


「だからわたしが、ちゃんと持ったかって聞いたのに」
とどのつまりは、そこに落ち着く姉。


ランチョンマットの前で、姿勢を正した猫がなかなか出てこないごはんを待っていた。


読んでいただけるのが楽しみです。スキいただけるとこれがまたうれしいです。感謝^^