ノンエイジでいいじゃない。『跳ねる母』から学んだこと
『もしもわたしが、チュチュを着て、発表会に出たら』
そんなことを想像したら、途端にニマニマ。で、ソワソワ、ウズウズ、バレエ教室を探しはじめた。
映画『リトル・ダンサー』のデジタルリマスター版が上映されていると知って、思い出した。
『リトル・ダンサー』デジタルリマスター版の情報をお知りになりたはこちらから。(見たら戻ってきてね^^)
わたしは感化されやすい。スイッチを入れるとすぐに暖まるセラミックヒーターのニクロムでできた電熱線並みにすぐ熱くなる。
20年ほど前のこと。レンタルビデオ店で『リトル・ダンサー』を手にした。映画情報に疎いわたしは、たまたまだったけれど、ビリー少年の人生を変えることになるバレエとの出会いや、ロイヤルバレエ団で踊ることを夢見る一途な想いにほだされ、家族や時代のあれこれにうなり、そしてアダム・クーパーの躍動する肢体に魅了され、すっかりのぼせあがってしまった。
折しも、マシュー・ボーンの『白鳥の湖』が地元で公演されると聞きつけ、アダム・クーパーが来る! 頭の中でキンコンカンキンコンカンと鐘が鳴り響いた。早々に、 自分だけが観に行ったのでは申し訳ない、母や姉にもぜひぜひ見せてやりたいと、3人分のチケットを自腹で購入する。唐突に『リトル・ダンサー』のDVDとバレエのチケットを突き付けられて『?』な母と姉に、「とにかく観て」と、とてもいいことをしている気になったりもした。が、
その直後、わたしはガンを告知された。抗ガン剤治療がはじまる。公演当日、熱は37.5度以下、抗生剤をのむ、手洗いうがいを頻繁にとの担当医から告げられた条件をクリアして、吐き気も関節痛もなんのその、すでに髪が抜けた頭にかつらを乗せ、母と姉に支えられて、会場へと向かった。
わたしの体調を気づかっていた母だったが、横に座るその気配が、徐々に前のめりになっていく。そして、スタンディングオベーション。会場中でいの一番に立ち上がり、跳ねながら拍手喝采したのは、80歳を超えた母だった。
『跳ねる母』に先を越され、圧倒された娘たちは、ものすごいモノを目撃してしまった気分になって、あやうく『白鳥の湖』もアダム・クーパーも忘れかけた。
その翌日、油絵が趣味の母は 50号(1,167×910mm)のキャンバスに、白い羽が群舞するダンサーたちを書き始めた。
わたしは、この人の娘なんだ。と、つくづく思った。ニクロム線並みの熱しやすい伝導率はここから受け継いだのだ。これまで母の伝導率を見誤っていたのは、母というポジショニングで接してこられたからかもしれない。
突如、ひらめいた。
歳を重ねるって、素敵じゃない?
背負った荷物を徐々に降ろしていって、素の自分を愉しむ。
わたしの中で、「ゴー ビリー!」のかけ声が聞こえた。映画の中のように空高くは飛べないけれど、よっしゃとわが身を立ち上げる。
そして、
『もしもわたしが、チュチュを着て、発表会に出たら』
そんなことを想像したら、途端にニマニマ。で、ソワソワ、ウズウズ、バレエ教室を探しはじめた。
治療が終わった半年後、わたしはバレエ教室の門を叩いた。腕が肩よりうえに上がらないくせにである。わたしが入れる大人コースは、もっぱらバレエ風ストレッチだった。チュチュどころか発表会などなかった。いたしかたない。バレエ教室のメインは、世界に羽ばたく逸材を育成することなのだ。
それから十数年後、自力では起き上がれなくなって1週間ほどした母が、わたしの顔をまじまじと見て、言った。
「おさらばだ」
母は自分の口から出た言葉に吹き出し、わたしたちは笑った。泣きながら笑うたぶんぐしゃぐしゃだっただろうわたしの顔を見て、母は何度も頷いていた。――その翌日に逝った。
わたしは思う。
『跳ねる母』は可愛かった。ノンエイジでいいじゃない。
ノンエイジドリーマーになろう。
そんなわけで、ただ今のわたし、ウキウキする時は、家の中で、つま先立って踊る。ガン見フリーズしている猫に、見せつけている。
わたしの地元で『リトル・ダンサー』は来週公開になる。楽しみ♡