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『書き記された文字』について、思うところをひとつ

唐突な話で恐縮ですが、
『書き記された文字』について、思うところをひとつ。


ガンを告知された時、
『みんなにやさしくしよぅ』
そんな想いが、ぽわんと浮かんだ。

もう二十年も前の話。


ところで、告知された時と書いたけれど、ドクターからされてはいない。なぜなら、検査担当と治療担当のドクターが、それぞれもう一人のドクターがするだろう、しただろうと思い込んでいたから。

病名を知ったのは、「入院はいつにしましょうか」とドクターが空きベッド情報をのぞき込むモニターの隣、そこに置かれた書類の備考欄だった。

A4用紙の半分以上を占める備考欄の真ん中に、斜めの殴り書きがあった。
書き記されていたのはたった一語、『Cancer』という単語だった。

単語の下に潔いほどに勢いよく引っ張られた二本線もあいまって、
一瞬にして、『決定的』な『緊急』であることを悟った。

その瞬間、ぽわんと浮かんだのが、冒頭の感想。

『みんなにやさしくしよぅ』

その話を長年の友人にすると、
「一瞬にして、全人生を反省したんだな」
と言われた。その通りかもしれないし、一瞬にして到達したわたしの死生観かもしれない。

なにはともあれ、書き記された文字の威力はすさまじい。


と、ここで何気なく使った『書き記された』という言葉が気になって、
自分の頭の中でぐつぐつ煮込み続けるのもなんなので、手っ取り早くAIに尋ねてみた。

なぜ『書く』とか『記す』ではなく、わざわざふたつの言葉を合体させた日本語が生まれたのか。

>「書く」「記す」は行為を広く表す言葉、「書き記す」は文字で残す行為そのものを具体的に描写するニュアンスが含まれる

という答え。
なるほど、『書き記す』は『形として残す』意図が強く絡むようだ。


話は戻って、書き記されたと表現したくなった備考欄の文字は、それを書いた臨床検査技師あるいはドクターの、意志が形となって残った文字だったということか。

だから、たったひとつの単語から、その意味以上の情報を一瞬にして受け取ってしまったのか。

書き記された文字の威力はすさまじい。


書き記す時は、慎重になろう。と思うわたしがいる。
書き記す時は、効果的に使おう。特に男には…焔。と思うわたしもいる。
重ねて、手書きに限るなとか思ったりもする…炎焔。

『みんなにやさしくしよぅ』と思ったのは、一瞬の気の迷いだったのか?


さて、備考欄の文字を見つめたまま、
「先生、わたしはガンなんですか?」と問うたわたしの声に、振り向いたドクターは『へっ?』という顔をしていた。改めて真正面に座り直し、佇まいを正し、丁寧に、わかりやすく、一生懸命に説明をしてくださった。

いい先生に出会えて、良かったと思った。



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ほよこ
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