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最強は鯉、 雄鶏の愛は至高

中学生のころ。
わたしの家には、犬と猫と鶏と鯉がいた。

『一番強いのは誰か?』


そんなことを考えたのにはワケがある。「わたし」が最弱だったから。

犬は、わたしと散歩に出かけると、時折わたしの目を仰ぎ見て、さあさあこっちですよみたいな顔をして誘う。堤防や集落を勝手気ままに連れ回す。決まったルートをチャッチャと歩き、さっさと帰してはくれない。

猫はいつも、わたしが寝付くのを待ってから部屋にやって来る。寝ているわたしのおでこをトントン叩いて起こす。自動ドアのごとく反応をして首元の布団を少し持ち上げると、潜り込んで来る。自動ドアの調子が悪いと、頭をガシガシかじられる。「イタッ」思わず起きた隙に潜り込む。

ある日、玄関に出迎えてくれた猫は、わたしと一緒に階段をのぼった。部屋のドアを開けた途端にダッシュでベッドに飛び乗り、この時のために一日中我慢したぜくらいな粗相を、正々堂々と敢行した。ジョンゴジョンゴジョンゴジョンゴ……布団にたっぷりとした水たまりができあがるのを、ただただ見つめるしかなかった。

そして鶏(♂)には、庭を歩いているだけで、背中に跳び蹴りを食らう。つんのめって転んだわたしの脇を、フフンとスキップで通り過ぎる(実際、鶏がスキップするはずはないが、確かにそう見えた)。

ちなみに、貧弱なわたしを丈夫に育てるために、両親は栄養価の高い卵を産むという烏骨鶏を指定し、家には♂が一羽と♀が四羽いた。成長するにつれ、どう見ても烏骨鶏とは思えない姿形の鶏は、青みがかった外観の卵を産んだ。その固い殻に覆われた卵はプリプリッとして濃厚。とてもおいしかったので、良しとする。今思えば、『幸せの青い卵』と呼ばれ人気のアローカナ系の鶏だったのかもしれない。烏骨鶏と並ぶ栄養価の高い卵らしい。

さて、鯉はさすがに大丈夫だろうと、あなたは思うかもしれない。あなどるなかれ、池の端でぼおっとしていると、強靱な尾びれのフルスイングによって、思いもよらぬ水難に見舞われる。

なぜ?

いじめたことなどないし、お世話もさせてもらっている。

なのに。

彼らは、家の者達のことを、観察しているのだ。そして一番下っ端がわたしであることを見抜き、フラストレーションのはけ口としているに違いない。わたしをヒエラルキーの最下位に位置づけているのは明白だ。

だから、わたしも彼らを観察することにした。

『一番強いのは誰か?』


観察するまでもなく、鶏(♂)が強いのは知っていた。彼がひとたび庭に姿を現すと、犬は寝たふりをして、猫は地表を這うようにスローモーションで木の下へ退き、隙をうかがってスルリと家の中に避難する。胸を反らし、もったいぶった足取りの鶏には王者の風格があった。

犬・猫 < 鶏(♂)

犬と猫は、池の中をのぞき見ることはあるが、手を出すことはない。痛い目にあったことがあるのだろう。

犬・猫 < 鯉

そして犬と猫の関係も一目瞭然。犬は、猫の姿を見かけると、嬉しそうに駆け寄る。そして鼻先をパンチされる。こりずにしつこく迫っては高速パンチを繰り出され、蹴りを入れられて退散する。

犬 < 猫

残るは、鶏と鯉だ。
両者の勝敗に立ち合うには、時を待たねばならなかった。

はたして、『一番強いのは誰か?』


その日、鶏小屋の掃除を終え、わたしは小屋から出ていた鶏たちの姿を追った。と、いつもは小屋近くでそこいらをつついている鶏(♀)たちが、珍しく母屋の方の庭へ行っていた。

「そうじ終わったよ~」と声を掛けながら、わたしもそちらへ向かう。その時だった。一羽の鶏(♀)が何を思ったかワーイワーイと小走りで池の端へ近づいたと思ったら、足を滑らせそのまま落ちた。

悠々と泳いでいた鯉たちが、パッと散る。と、
どこからともなく現れた鶏(♂)が、わたしを蹴散らし池に飛び込んだ。

池の縁に落ちた♀は、居合わせた父にすぐさま救い上げられたが、ジャンプして飛び込んだ♂には手が届かない。
ワッサワッサと懸命に翼を広げ泳ごう(?)としているが、今にも池の中ほどに設けられた深みに吸い込まれていきそうだ。

父はすばやく裾をまくり上げ、サンダルを脱ぎ捨て池にはいる。タイミングを合わせるかのように、水中の鯉たちが鶏(♂)に群がってきた。鯉に追い立てられるように鶏(♂)が徐々にこちらへ近づいてくる。

身を伸ばした父が、その翼をホールドし、わたしは父のベルトを引っ張る。

反動で庭に放り投げられた鶏(♂)は、なんてこったいといわんばかりに、大股で小屋へ戻っていった。鶏(♀)たちが大慌てでチョコマカ後を追う。

濡れそぼつ父とわたしを置き去りにして……。

鯉たちは、何事もなかったようにまた悠々と泳いでいた。


『一番強いのは誰か?』

わたしの中で結論が出た。最強は鯉である。

そして思った。雄鶏の愛は至高だ。


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ほよこ
読んでいただけるのが楽しみです。スキいただけるとこれがまたうれしいです。感謝^^