スオミの話をしよう
2024/10/03投稿
ダメです。
舞台向けの脚本を映画に翻案した、誰しもそんな印象を受けたのではないでしょうか。
それほどに会話劇が全体を占めており、セリフは説明的で回想シーンを除けばほぼ屋敷での長回しです。
三幕構成における設定の部分に大きく時間を割き、また、アイリスアウトの多用など映画の歴史に対するリスペクトと言えば聞こえはいいけれど、それが本作のエンタメとしての面白さにはつながっていません。
のめり込めるような展開にも至らず、ただひたすら”スオミ”に対する執着の提示が続きます。
その回想自体、強烈な個性の差異があればまだ成立すると思うのですが、どこか薄ら寒いオムニバスとしか評価できなかった。
それはひとえに長澤まさみの変化が期待されたほどのものではなかったという一点からくるのではないかと。
同じく、詐欺、大どんでん返しというネタでヒットしたコンフィデンスマンJPとの比較は避けられず、あちらの方がよっぽど変化に富んでいるとなればなおさらです。
誰もが追い求めるマクガフィンとしてのスオミ。
彼女がいかに魅力的であったかが、本作の根幹たりうるポイントですが正直説得力に欠けます。
これは根本的に設定と実際の演技、演出が乖離しているとしか言いようがなく、そうなれば骨子そのものが揺らいでいると言えるでしょう。
鑑賞中は劇中の登場人物の感情表現に対して、ずっとボタンを掛け違えているイメージすらありましたが、ラストのミュージカル展開でそれが決定的に。
本当に舞台でやったら良かったのに、なんとも畑が違うのではないかと。
なんでしょう、あれ。
また残念だと感じたのは、ギャグとして差し込んだであろうセリフ、展開にほとんど笑いが起きなかったということ。
全体的に先を読める描写が多く、かつ冗長なシーンの連続なので辛い部分も目立ちます。
俳優陣の掛け合いを楽しむ、という目的であれば申し分ないのかもしれませんが、それにしてもいわゆるゴドーとして設定されたスオミの魅力が伝わってこないのは致命的でしょう。
それぞれの夫に対して見せる顔が違うまではいいとして、差分がほぼないと言ってもいいレベルである為、感情移入することも難しい。
それは、「どの長澤まさみが好きだった?」という盛り上がりに繋がらないことからも明らかではないでしょうか。
にもかかわらず夫達はスオミのことを絶賛するものだから、どうにも置いてきぼりをくらうのです。
鑑賞側がどうにもテンションをあげられず、ひたすら会話が続く。
どう考えても、当該印象を観客に与えることを予想している前提で作っているとしか思えないんです。
となれば、本質的に作品に込められたメッセージはなにか。
相手に合わせて百面相。求めるものはなに。
思うように、好きなように生きれば良い、という帰着なのでしょうか。
そういえば、エンドロールが非常に読みやすく、余韻も残さぬスピード感だったのはちょっとだけ目を引きました。
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