不謹慎
近年、過剰なのではと思える程の頻度で聞く言葉ではあるけど、インスタントに無数の価値観にアクセスできるようになった世界の中で、各々の"正義"の名の下に暴力の炎が上がり、やがて多様性の排斥が進んでいってしまっては恐ろしいなと常々思うばかりだ。明らかに歪んでいると思える価値観と対面した時に、それを思わず否定してしまうところまでは僕は許されて然るべきだと考えているけど(無論、限度はある)、それが矯正や粛清という形で顕在化してしまえばそれは立派な私刑だし、誰しもがいとも容易くその刃を躊躇いなく振りかざすことが出来得る状態にあるという意識を持たないといけないだろうとも思う。自分の頭で考えないといけない。アレもコレも、本当に正しいのか疑わないといけない。知らないことはもっと知らないと、頭を使えない。僕は正直、この2020年、未曾有の世界的な危機を目の当たりにして、最初に思ったことは 人類は滅ぶべくして滅ぶんだろうな ということだった。終末論者とかでは全然ないけど、ああ 恐竜もその昔の支配者もこんな風に何か大いなる力の渦に絡め取られて地球から消えたのだろうな なんて馬鹿げたことを結構本気で考えた。天変地異 異常気象 戦争 流行病 そりゃあ終末時計の針だって進むわけだと合点がいった。六大陸も、アジアの端の島国も、そのシンボルのひとつの東京タワーも、この小さな町の僕の家も、その中で眠る更に小さな僕自身もみんな化石になってしまったら誰が僕の骨を見つけてくれるだろうか。何年も先の未来の知らぬ誰か、或いは何かの顔に思いを馳せつつ、その日まで少しでも傷付けずに生きてみたいものだ。
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