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rumera-ルメラ-第2話 七草粥編

『今日は七草粥を作っておけよ』

 今朝仕事に出かける夫にそう言われ、私は今【七草粥】について調べている。昔から夫は、日本のしきたりみたいなものにうるさい。年末年始はおせち作りに忙しかった。二段の重箱にびっしり入っていないと怒られる。きっと、お義母さんがうるさい人なんだろう。

「そんなもの、どうでもいいじゃん」

 私にまで押し付けないでもらいたい。
 深いため息を吐きながら、七草粥について調べていると、突如インターフォンが鳴って肩がビクつく。

「はーい!」

 扉を開けると、小さな段ボール箱が玄関先に置いてある。届けてくれた運送会社の人はもういない。

 え、何だろう。
 何か頼んだ覚えはない。
 まさか、夫が頼んだもの?
 あの人は好き勝手に自分のものを買うから。
 私は自分の好きなものは買わせてはもらえない。あの人が全てのお金を管理しているから。

 カッターナイフを握りしめ、ドキドキしながら一直線に刃を滑らせて開封する。茶色の段ボールの中に、もう一つ厚さの薄い茶色の段ボールが入っている。大きな板チョコみたいな形の箱。パコッと開けると、真ん中に白い袋に入った四角い何かがはまっている。

 取り出してみると、それは両手サイズぐらいの小さなパソコン? みたいなものだった。ゆっくり開けてみると、やっぱり小さなノート型パソコンみたいで、キーボードがちゃんと付いている。

 一緒に入っていた説明書の表紙には、デジタルメモ「rumera-ルメラ-」と書かれている。何か聞き覚えがあるが、どんなものか思い出せない。何だっけ?

 説明書を開こうとすると、ひらりと何かが落ちる。拾い上げた紙切れには、

“当選しました! おめでとう!  あなたをお助けします。ルメラ”

 と書かれている。

「お助けする? どういうこと?」

『お前は本当にもの忘れが多いな。忘れないうちにちゃんとメモをしておけ』

 夫によく言われる言葉。スマホにメモをしていても、よく忘れてしまう。怒られても仕方がないぐらいもの忘れが多い。

 テーブルに置かれたルメラを見つめる。打ってくれと言わんばかりに、大きな口を開いて待っているようだ。

 私はキーボードの上に指を構える。

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチ

【七草粥について。
 
『春の七草』とは
 
 せり・なずな・ごぎょう・はこべら
 ほとけのざ・すずな・すずしろ の7種】

 
 画面に打たれていく文字。とても使いやすい。とりあえず、覚え書きみたいに春の七草について打ってみた。ここに作り方も打っていって、これを見ながら七草粥を作っていこう。
 私はルメラを閉じ、春の七草をスーパーに買いに行くことにした。

 ※

 キッチンでルメラを開きながら、ぐつぐつ煮えていく真っ白なお粥を眺めていた。
 ぶくぶくと弾ける白い泡と共に、あふれ出す涙。今まで積み重なってきたたくさんの苦痛が、心を蝕んでいく。

 ツラい、痛い、苦しい。
 どうして、私は七草粥なんて作っているのだろう。どうして、夫の言われた事ばかりをしなくちゃいけないのか。

 私は一体、何のために生きてるの?

 霞む視界の中、ルメラの画面に文字が打たれていくのが見える。

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチ

【七苦殺粥(ななくさつがゆ)について

 『七毒草』とは

 トリカブト・ドクゼリ・ドクウツギ
 ジギタリス・グロリオサ・クワズイモ
 シキミ の7種】

 え、毒草?

 知らないうちにまな板に置かれた緑色の草。色々な形がある。私は操り人形のように、それらをザクザクを切って、お粥の鍋に放り込んでいく。青臭い匂いにむせかえる。

 え、ちょっと、何を勝手に入れてるの?
 これ買ってきた七草じゃない。
 何の草?
 まさか・・・・・。

 「ただいまー」

 ハッとすると、勝手に動いていた手足は自由になっていた。

「おっ、七草粥、美味しそうだな」

 知らない間にスーツ姿の夫が、私の横に立っていた。

「あなた、おかえりなさい。七草粥、味見してみる?」

 え、何を言ってるの?

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチ

 ルメラの音を感じながら、私はお玉でお粥をすくい、小皿に移して夫に差し出す。

「ありがとう」

 待って。また手足が操られているみたい。
 何これっ?!

 夫がふうふう、している間、眼球だけを動かし、ルメラの画面を見てみる。

【『夫の七つの罪』とは  

 束縛・支配・暴言・暴力
 亭主関白・思いやりの欠如
 
 愛の欠如 の7種。

 その罪は死に値する。死刑執行!】

 え、死刑執行?!

「ううっ!!!」

 ガッシャーン!

 お粥を食べた瞬間、小皿を落として倒れ込む夫。喉を掻きむしるようにしながら、体を芋虫のように丸める。しばらく苦しんだ後、痙攣した体はピタリと動かなくなる。

「きゃあぁぁ! あ、あなた!!」

 しゃがんで顔を覗き込む。白目を剥いた蒼白い顔。紫色の唇から吹き出す白い泡。体を揺らしても、もうピクリとも動かない。

 し、死んでる・・・・・。夫が死んだ。

 床にこぼれている七草粥。
 これに毒草が?
 さっき入れたのが毒草?

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチ

『あなたをお助けしました。ご満足いただけましたか?』

 開いたルメラから声が聞こえてくる。
 
 私は放心状態のまま立ち上がり、ルメラの画面を睨んだ。

「な、何が満足よ?! 私は殺してなんて一言も言ってないじゃない!」

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチ
 カチカチカチカチカチカチカチカチカチ

『何を言っているんですか。あなたは夫から解放されたいと思っていた。だから、不要なものを消去してあげたんです。この人はあなたを束縛し、支配し、暴言暴力を振るい、亭主関白で、あなたへの思いやりも愛も欠如していた。だから、あなたの望みを叶えてあげたんです』

 私はルメラのキーボードを両手で叩いた。

「確かにこの人は酷い人だった。でも、でも、私はこの人を愛していたの・・・・・苦しくても、ツラくても。今、この人を失って、本当に愛していたんだって気づいた。ど、どうして、殺したのよ!!」

 もう一度、激しくキーボードを叩くと、ルメラの画面が眩く光り出す。眩しくて目を細めた瞬間、私の体はまた操り人形みたいに動き出す。

 コンロに置かれたお粥の鍋に体が近づいていく。

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチ

『せっかく、殺してあげたのに。ワタシに口ごたえをするなら、あなたにも死んでもらいます』

 勝手に鍋の取っ手を持つ右手。顔を近づけると鍋が傾いて、白いものが開いた口に向かって、なだれ込んでくる。

「いやぁーー! 死にたくない!!」

 固形物が喉を通過すると、喉が焼けるように熱くなる。倒れ込んで、手足をバタバタしながらもがく。苦しくて息ができない。体中に毒素が循環するのを感じる。耳の奥、自分の鼓動が小さくなっていくのを感じる。

 体が痙攣し、意識が遠のいていく。

 あぁ、私、死ぬんだ・・・・・。

 絶命する中、微かに聞こえてきたのは

 軽快な

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチ

 と

 ルメラの楽しそうな笑い声。

(第2話・完)

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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