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老子道徳経と中医学的身体観五十七

副題 淳風

中医学的身体観としては、

脱力が本質

ただし、ただ脱力したとしても脱力出来ていない事が多く、

1、自身の最大限の力で、できる限りの時間力んでみる。

2、身体をできるだけ伸ばした後力を抜く

3、イメージで力を抜く

上記3つは個人的な感性と照らし合わせて選び、これができた後に脱力を意識すると脱力の深化ができやすいと考えています。


鳳凰堂流解釈

何かをすればするほどたくさんの不要な事が増え、本来望んだ事からは遠ざかる。

何もしない事で、本質が見えてくる。

鳳凰堂流としては、本質を見る為にはこの何かをする事で失敗を経験する事も大切だと考えています。



鳳凰堂流意訳

正しい方法で国を治め、戦争では奇略を用い、無事に天下を統一する。私にどうしてその事が分かるのか、その根拠はこうである。

天下に禁令が多くなればなるほど民はますます困窮する。

民間に武器が多くなればなるほど、国家は混乱する。

技術が進めば進むほど、怪しげなものが出てくる。

法令が行き亘れば、行き亘るほど、盗賊が増える。

だから聖人は言う。『私が無為であれば、民は自ずと従順になり、私が平静を好めば、民は自ずと正しくなる。私がなにもしないと民は自ずと裕福に成り、私が無欲であれば、民は自ずと純朴になる』と。

直訳

正をもって国を治め、奇をもって兵を用い、無事をもって天下を取る。われ何をもってその然るを知るや。これをもってなり。天下に忌諱(きき)多くして、民いよいよ貧し。民に利器多くして、国家ますます昏(くら)し。人に伎巧多くして、奇物ますます起こる。法令ますます彰(あきら)かにして、盗賊あること多し。故に聖人云う、「われ無為にして民おのずから化す。われ静を好みて民おのずから正し。われ無事にして民おのずから富む。われ無欲にして民おのずから樸なり」。

原文
以正治國、以奇用兵、以無事取天下。吾何以知其然哉。以此。天下多忌諱、而民彌貧。民多利器、國家滋昬。人多伎巧、奇物滋起。法令滋彰、盗賊多有。故聖人云、我無爲而民自化。我好靜而民自正。我無事而民自富。我無欲而民自樸。

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