
これは、私が妻に「出てけ!」と言われた時の話
それは突然の出来事だった。
しかもそんな事を言われる雰囲気もなく
心当たりもなかった。
私は、「出てけ!」と言われるがまま
ただただ呆然としてしまった。
それは薄明の光が障子をすり抜けて
部屋の隅々に差し込む朝に訪れた。
私は突然、目を覚ました。
理由は…わからない。
ただただ、目を覚ましたのか
それとも何かがざわつくような感覚があったのか…。
隣では、何事もなく娘がすやすやと眠っている。
静かな空間での娘の静かな寝息が耳に心地よかった。
私は寝転んだままそっと
娘の柔らかい髪に手を伸ばした。
寝顔はとても穏やかで
その姿を見ているだけで心が温まった。
指先で軽く髪を撫でる。
こんなことをしても許してくれるのはあと何年ぐらいだろうか?
日常の喧騒から解放されたこの早朝のひとときが
まるで時間が止まったかのように感じられた。
障子の明るさをみて
おそらくまだ太陽が水平線から顔を出してもいないだろう。
私は撫でていた手を止め、
もう一度眠りに戻ろうと、枕に頭を沈めた。
静寂の中にリズムよく聞こえる娘の寝息が、
私を眠りの世界へ誘い、そして夢へと落ちるかという矢先…
「出てけ!」
甲高く、そして静寂を切り裂く大きな声が
私を現実の世界へ引き戻した。
私は即座に体を起こし、その声の主を見た。
私たち家族は川の字で寝ている。
川の字の如く、妻・娘・私。
その娘を挟んだ遠くにいる妻が
「出てけ!」と叫んだのだ。
私が妻を見るや否や、妻の目が見開いた。
そして妻は私が驚き、
目を丸くしている様を見て急に笑い出した。
皆さんは想像できますか?
太陽が出かかった早朝に
甲高く、そして大声で「出てけ!」と叫ばれ
そして今、腹を抱えて笑われているこの状況を
私が突然目を覚ましたのは、
この状況をしっかり刮目する為の布石
前触れを感じたからかもしれない。
私は考えた。
なぜ「出ていけ」と言われたのかを。
これも偶然だが前日、妻から
「寝てる時、息が止まっていたけど」と言われていた。
世にいう、無呼吸症候群というやつなのか
私はイビキをかいていたが突如と止まり、
再び息をし始めたとのこと。
話に聞くとそんな長くは止めていなかったが
妻からしたら偶然出くわした私の一人息止め選手権に
相当驚いたと報告を受けていた。
無呼吸症候群が発症したから
出てけ!って言われなきゃいけないか?
死に急ぐ奴とは一緒に居れないって?
朝から余計な想像が頭をめぐる。
ようやく笑いが治まった妻に真相を聞く。
Q:「出てけ!」って、何あれ?
A:寝言
でしょうね。
Q:「出ていけ!」って、夢の中で何があったの?
A:親友が悪霊に取り憑かれて、お札をかざして悪霊を追い出そうとしていたから
私は妻から真相を聞き
そのまま起き上がり珈琲を淹れに行った。
妻はまた思い出したのか
寝室で声を殺しながら甲高い声でまた笑い出していた。
取り憑かれているのは、お前だろ…
私は心の中でそう思い
お湯を沸かし
そして夢の中で悪霊に取り憑かれている親友は
もう助からないだろうと思いながら
珈琲を淹れた朝だった。
そして思った。
「出てけ!」と言われないように生活しよう。
だって…言われたら
ドキドキが止まらないから。