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【ホツマ辞解】 〜大和言葉の源流を探る〜 ㉙「つくも」と「ここ」 <117号 令和3年10月>

フトマニ歌の「四行分かち書き(9.10.9.3/九十九三)」を古代には何と呼んでいたのでしょうか。古今伝授や皇室においては、「つくもさん」と呼び習わしていたと本誌掲載論文で宮崎氏は指摘していますが、「つくも」はあり得ても、「さん」は漢音読みなので、古代では違ったでしょう。

さて、「つくも」は、「はたち」や「さつめ」等とともに「ツヅ歌」の作法に由来する特殊な数字呼称です。

ホツマが伝えるツヅ歌の作法では、作歌を機織りに喩えて数え上げます。本歌を交えて十六句を詠い足す毎にまとめ上げて「ひと織り」とします。「1.6.11.16」番句に本歌が挿入されるので16+4=20句が「ひと織り」で、それが5セット合わさって「百」となります。

『十六(句)を一織 総べ五織 八十を百とし 織は二十 故織留のツズ「ハタチ」織初のツズ「合要」』ホ39

「つくも」は、次ぎが百になる九十九のことを云います。「ひと織り」のまとめになる二十句で歌を染める紙を頁替えするので二十を「端断ち=はたち」と称します。五織りセットの各織りの終わりなので「はたち」は「織り留め」とも云います。終わりに結びつく句は重要なので、十九は「つづ」、三十九は「はな」、五十九は「さつめ」、七十九は「ふつめ」、そして九十九が「つくも」です。各織りの第十九句は「織り詰め」と重要視されてこのように名前がつくわけです。(さつめの「さ」は「さつき」、ふつめの「ふ」は「ふつき」由来)

『織詰のツズ 三十九「ハナ」 三の詰五十九 ツズ「サツメ」 四の詰七十九 ツズ「フツメ」 五の詰九十九 ツズ「ツクモ」』ホ39

「つくも」は、百が完了する直前の最大重要句ですから、「つくも/九十九」は、究極、最上を表現する数でもあります。九十九は「ここ」と読めますので、「ここ/菊」とつながり、完全、中心、高貴などを想起させる数字でもあるようです。

アメミヲヤと八元神の鎮座する「こくら/九座」とか、天地を結びアメミヲヤの「息」を通わす天御柱・中串には「ここのわ/九層・九輪」があり壮大なエネルギーが流れているという概念が存在していたらしく、「ここ・九十九」は、とても大切なのです。

『中の管より 運ぶ息 くるまのうてき ここのわの ひひきて巡る』ミ6

 寺院の塔の頂上に連なる「くりん/九輪」も、この概念を意匠したものだと考える研究者もいます。

(駒形「ほつまつたゑ解読ガイド」参照)

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 筆者は、北摂の千里新造街に暮らしていました。津雲台小学校を卒業したので、「つくも」という語に親しみがあります。子供の頃の探検ごっこで旧村区に足を踏み入れたとき、「九十九」と書いたバス停を見つけ、その読み仮名に「?」と首をかしげた想い出があります。
 大和言葉には、「つくも」とか「はたち」とか不思議な数字の読み方がありますが、それが「歌の作法」に基づく言葉であると、ホツマツタヱを読んで知った時には、かなり驚きました。しかも、歌謡作法に由来するとか。
 連歌という大昔、鎌倉時代に磨かれ、室町戦国時代に隆盛したものの江戸期にはマイナーな趣味に廃れた(と普通は思われている)歌謡作法には、ホツマ時代から続く悠久の歴史が秘められていたのでした。
 ホツマツタヱには、数字にまつわる様々な伝えが記されて残っています。美術も音楽も、その根底は「数学」にあるとされ、宇宙は「数」で出来ているとも云います。ホツマツタヱは「宇宙&生命の聖典」なので、「数」にこだわるのも当たり前なのかも知れません。

NAVI彦さんの力作です。↑ 

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