エミーナの朝(15)
記念旅行 4
エミーナ「亜未ちゃんは、ナゴンが産んだ子かと思ってたわ」
ナゴン「亜未ちゃんは、私をお母さんとは呼んだことはなかった。 でも、呼んでくれたのよ、このあいだの再会のときに」
亜未「やっぱり、わたしにとっては、お母さんの一人だから」
ナゴン「先週、書店の仕事で、書籍を大学に届けに行ったの。 クルマから書籍を運んでいるわたしを、この子が見て、すぐにわたしと分かったみたい」
亜未「そうなんです。友達とキャンパス歩いていて、台車でゴロゴロ運んでる姿見て、あっ、と叫びそうになった」
ナゴン「あの大学は、お得意様で時々、本を届けにいくのよ」
亜未「クルマを見たら、大学に近い駅前にある書店の名前が書いてあったんです。
それで授業後に書店まで行ったんです。 店内に入って、レジカウンターを見たら、ナゴンお母さんが立っていた。
店内でメモを書いて、雑誌を一冊持ってレジまで行ったんです」
ナゴン「亜未ちゃん、もう大人っぽい顔になってるし、しかもメークしてるでしょ。レジ中も、まったく気づかなかったわ。
雑誌を渡して、『ありがとうございました』と頭を下げたら、亜未ちゃんが、わたしにだけに聞こえるように、そっと言ったの。 『お母さん』 って」
亜未「ナゴンお母さんに、『お母さん』って言えて、嬉しかったです。 今まで一度も言ってなかったから」
ナゴン「そのあとは、もう涙が止まらず、前が見えなくなってしまって、レジカウンターの下にしゃがみ込んでしまったわ。
同僚が、わたしを控室まで連れて行ってくれたわ。 しばらく泣いていた。
そしたら、レジにおいてあったメモを、同僚が持ってきて渡してくれた」
亜未「感謝の気持と、わたしのスマホの番号です」
ナゴン「『ナゴンお母さんへ、小さい頃は本当にありがとうございました。今は大学生です。 亜未』って書いてあったわ。 また、しばらく泣いちゃったわ」
ナゴンはティッシュで涙を拭いた。
ナゴン「そのあと、亜未ちゃんに連絡して、書店近くのカフェで会ったの」
亜未「はい、わたしの近況や今までのことをお話したり、ナゴンお母さんの現状も聞けて、とてもうれしかったです」
ナゴンも亜未も、母子と言うよりも、なつかしい旧友を見るような顔で見つめ合った。
ここで、亜未がトイレに立った。
ナゴン「旅行の打ち合わせ、できなくなっちゃったわね。 今夜、電話でしましょう。
あっ、コーちゃんのことは、亜未にはないしょよっ」
エミーナ「わかった。言わないわよ。 あらっ、ナーチン、もう出勤じゃないの?」
ナゴン「あら、もうこんな時間!」
ナゴンは、出勤の準備をし、トイレから出てきた亜未に、一緒に出ることを伝えて、自分もトイレに行った。
エミーナ「亜未ちゃんは、書店の近くに居るの?」
亜未「はい、書店とは、駅を挟んで反対側のワンルームマンションです」
エミーナ「そうか、あの辺りは、学生さんが多くて、学園都市って感じね。
あっ、そうだ。スイーツ、残っちゃったから、持ち帰ってお友達と食べてね」
三人揃って、駅まで歩いた。
わたしは、ナゴン・亜未とは逆方向の電車である。
わたしの電車が先に来た。ナゴンと亜未は、手を振って送ってくれた。