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雑学マニアの雑記帳(その7)キッチンスケール

かつて重さを量る器具といえば、キッチンスケールにせよ体重計にせよ、バネを使ったものが主流であった。台の部分に物を載せるとバネが縮んで沈み込み、その沈んだ度合いを針の回転に変換させて、円盤型の目盛りを使って読み取るものである。それが最近のデジタル式のものでは、台の部分に測定対象を載せても、沈み込むこともなく、静かに測定結果がデジタルで表示されるようになっている。一見して動作原理を想像することは困難である。一体どのような仕組みで計測しているのだろうか。気になるところである。
いつものことながら、このような疑問が気になりだした時には、きっちりと調べて納得しなければ気が済まない。困った性分である。
早速、計量器メーカーのホームページなどを調べてみると、計測メカニズムの主役は「歪(ひず)みゲージ」であるようだ。歪みゲージとは、金属に外力を加えて伸び縮みさせた時に電気抵抗が増減する性質を利用して、外力の大きさを電気的に検出するセンサである。
スケールの中には、飛び込みの競技で使用される「飛び板」のように一端を固定した金属棒が入っており、その棒の先端に計測用の皿を載せた形となっている。金属棒自体は、飛び板のように柔軟に撓(しな)る訳ではないが、荷重の大きさに合わせて、目には見えない分量ではあるが僅かな撓りを生ずる。その金属棒の上側と下側に「歪みゲージ」を貼り付けておくことで、金属棒表面の僅かな伸縮を捉えて電気信号に変換し、数値として表示するという訳だ。
この仕組みを使ったキッチンスケールでは、0・1グラム単位での計測が可能となる。バネ式のアナログ秤では最小の目盛りは、5グラム程度であるので、精度の違いは歴然だ。秤自体のサイズも、デジタル式のものは厚さ二センチ程でコンパクト。道具としては大きく進化しているといえよう。
さて、ここで秤の歴史をもう少し遡ってみよう。バネ式の秤が登場する前、おそらく昭和40年代の前半くらいまでは、小売店の店頭で「上皿棹はかり」を見かけたものだ。これは天秤式になっており、天秤の一方には皿が固定されていて計測対象物が載せられる。他方には分銅を吊り下げて大まかなバランスをとるとともに、棹の部分には目盛りが付いていて、棹の上で錘(おもり)をスライドさせてバランスがとれる点を探す機構になっている。例えば二〇〇グラム相当の分銅を吊り下げた状態で、錘の位置を左右にスライドさせて、三〇グラムの位置でバランスが取れれば、計測結果は二三〇グラムとなる。天秤の支点から錘までの距離が変化すれば、それに応じてバランスが変化する(物理でいう力のモーメントが変化する)ことを利用したものだ。公園のシーソーで、体重が軽い子供と重い子供がバランスを取ろうとする場合、重い子が支点に近づき、軽い子は支点から遠ざかれば良いのと同じ原理だ。
同様に、主に昭和の中頃まで使われていた秤として、「棒秤(ぼうはかり)」がある。文字通り一本の堅い棒の一端から数センチの所を支点として吊り下げて使用するものだ。左右の長さが大きく違う天秤棒のイメージだ。支点に近い方の端に計測対象物を吊り下げ、一方で支点から距離が長い方の端から、専用の錘をスライドさせていってバランスが取れる位置を探す訳だ。棒には目盛りが付いていて、バランスが取れた位置で目盛りを読めば、重さが分かる仕組みだ。
決して精度も高くなく、使いやすいとも言えない道具ではあるが、支点からの距離と重さの積が左右で等しい時に天秤が釣り合うといった物理法則を簡単に体感できるという意味では、優れた物理教材でもあった。理科系マインドの強い子供であれば、このような道具を見れば興味を示すこと請け合いであり、試行錯誤する中で様々な発見があるはずである。デジタル式スケールのようなブラックボックスでは、こうはいかない。こういった身近な教材が姿を消してしまったのは、ある意味残念なことである。
同じようなことは、他の計測器でも同じだ。例えば温度計。昔は寒暖計などとも呼ばれたが、赤い色を付けたアルコール溜まりの上に細管を付けて、温度が上がるとアルコールが膨張して細管を昇っていく性質を利用して、温度を計っていた訳だが、今やデジタル式の温度計が席巻している。指先でアルコール溜まりを温めると赤い液体が細管を昇っていく様子を見れば、液体の膨張を目の当たりにすることができたのだが、そいうった体験もできなくなってしまった。
水銀柱を使った気圧計(こちらは、水銀の毒性を考慮すれば、あまり薦められない代物ではあるが)や、乾球・湿球の二本の温度計の温度差を利用した湿度計、あるいは毛髪湿度計など、かつての計測機器は、その仕組みが一目瞭然であり、身近な教材でもあったのだが、それらはいずれもデジタル式の測定器に置き換わってしまった。こういったデジタル式の機器は一見して動作原理を窺い知ることのできないブラックボックスである。
確かにデジタル式の方がコンパクトであったり、精度が高かったり、自動的な記録や遠隔地への自動通知が可能(アナログ式の場合は、目盛りを読む人間の介在が必須)であるといったメリットで一杯であるが、失われてしまったものも少なくないことは忘れてはなるまい。


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