雑学マニアの雑記帳(その9)海岸線
冬の日本海、北西の季節風が強くなるとともに北朝鮮の木造船が毎年多数漂着しているという報道を聞く。海上の監視や漂着船の処理などは、漂着先の府県が担うことになっているようで、負担も少なくないようだ。単純に日本海側各府県の海岸線の長さに比例して負担が大きいものと仮定すると、最も大変なのはどの府県になるだろうか。早速、パソコン上に日本地図を表示させてみる。一見して新潟県と島根県の海岸線が長いことが判る。
まずは超概算で海岸線の長さを推定してみよう。隣県との境界、つまり新潟県の場合は山形県・富山県との県境、島根県の場合には鳥取県・山口県との県境のポイントに着目し、それぞれ二点間の直線距離を地図上で計測する。すると、新潟県の両端間の直線距離は243キロ、同様に島根県は178キロという結果となった。弓なりに少し湾曲した海岸線の長さを直線で近似するのはやや乱暴ではあるが、地図上で見る限り、両県の海岸線の長短比較という意味では問題はなさそうだ。
問題はここからである。一応、念のために正確な海岸線の長さについて計測データがないものか調べてみた。国土交通省が公開しているデータの中にちょうど良いものがあったのだが、そこには意外な数字が並んでいた。海岸線の長さは新潟県が735キロ、島根県が1027キロとある。先ほどの数字とは随分かけ離れている。
原因のひとつはすぐに判った。新潟県の数値には佐渡などの島嶼部の海岸線、島根県の数値には同様に隠岐諸島などの海岸線が含まれているのだ。当初の興味は本州側の海岸線の長さの比較であったので、この数値をそのまま採用する訳にはいかない。そこで、新潟・島根両県のホームページで確認すると、いずれも本州側と島嶼部の海岸線長が分けて表示されていた。新潟県が331キロ、島根県が562キロである。先ほど概略で計測した海岸線両端の直線距離と比べると、島根の方は三倍以上にもなっている。
そこで慌ててパソコン上で先ほどの地図をさらに「200倍」程度拡大してみると、島根の海岸はまさに「フラクタル」の世界。細かなギザギザ海岸が至るところに見られる。確かに数学的なフラクタル図形ならば、理論的には、観測精度を上げて精密にギザギザ部分の長さを測っていけば、いくらでも長く出来ると言われているが、実際の海岸線が直線距離と比べてここまで長くなるとは想像の域を越えていた。不覚であった。
ついでなので、同様に佐渡ヶ島と隠岐諸島の海岸線も比較してみよう。地図上では佐渡の方が大きく、海岸線も長そうに見えるのだが、海岸線の長さを正確に計測したデータを見ると、佐渡は281キロ、隠岐は465キロで、こちらも地図上の見かけの長さとは逆の結果となる。地図を拡大してみると、佐渡の海岸は北西側以外は極めて滑らかな曲線であるのに対して、隠岐の海岸線はギザギザの複雑な形状。フラクタル図形の威力を改めて認識させられる事実だ。
さて、パソコンの画面程度の大きさに表示させた日本地図で見た時の海岸線の長さの印象と、実際の海岸線の長さには大きな差があるという点について、もうひとつ別の例でも確認してみよう。
先ほどの国土交通省の都道府県別に集計した(島嶼部も全部含めた)海岸線の長さに改めて注目する。都道府県別で最も長いのは北海道で4461キロ。北海道の1位は予想通りと言って良いだろう。問題は第2位だ。これが意外にも長崎県の4183キロとなっている。面積的には北海道よりもずっと小さな長崎県が北海道と並んで4000キロオーバー、第2位鹿児島県の2666キロを大きく引き離しているのだ。
海上保安庁の資料によれば、長崎県の島の数は971島。そしてその海岸線の多くが複雑に入り組んだ地形となっている。対馬などは、パソコン上で地図を拡大していくと、見事なまでギザギザの海岸線が見えてくる。まるで芸術作品のようだ。一方の北海道の海岸線は比較的滑らかな部分が多い。
さらに驚くべきことがある。実は北海道の海岸線の4461キロという数字には注釈が付く。北方領土分を含むというのだ。仮に北方領土分を除くと、北海道の海岸線の長さは三分の二ほどに縮小してしまい、3066キロとなってしまう。つまり、長崎県の圧勝なのである。フラクタル的な地形、侮ってはいけない。