初めて借りたあの部屋は、この街の夜がよく似合っていた。
私達が初めて借りたあの部屋は、非日常だった。
非日常と思えるぐらい、映画の中のような生活だった。
きっと、それは、私達が住んでいたから。
部屋は住んでいる人によって、世界を変える。
私達が出会ったのも、この街だった。
行きつけの居酒屋で仲良くなり、その流れで交際を始めた。
私も君も、この街の夜が大好きだった。
「この街って、夜が似合うよな」
君はベランダで煙草を蒸しながら、よくそんなことを呟いていた。
私達が初めて借りたあの部屋は、この街の夜がよく似合っていた。だから、選んだ。
ソファに座って、お酒を片手に映画を観る。暇だからコンビニに行って、部屋で飲み直す。ベランダで君の煙草に付き合う。朝までダラダラとベッドの上でスマホを弄ったり、イチャイチャしたりする。
「映画観たい」
「あり。観に行こーぜ」
まるで、綺麗な映画の中のような生活だった。
古びたアパート、少し背筋の悪い君、狭いワンルーム、身体に悪い生活習慣。
どれを取っても、ストレートに自分好みの生活だった。
1番楽しかったのは、屑選手権。
自分がいかに屑なのか、ベッドの上で語り合い、競い合うのだ。
「俺さ、親友の彼女、セフレにしてたことあんだよね」
「うーわ。最っ低。いや、でも、私なんか、好きでもない男と付き合って、欲しい物を買って貰うだけ、買って貰って、新しい彼氏が出来そうになったから別れたことあるんだ」
「うっわ、くっず」
「金だけは持ってたからさ、あいつ。元気かなー……」
君の右腕に掘られたタトゥー、私の舌ピアス、350mlの缶ビール、机の上に散らかったおつまみ、私達の屑物語。
夜が似合う街の、夜が似合う部屋が、私達の世界だった。
永遠に続きそうで、いつか消えてなくなってしまいそうな私達の夜。
あの部屋には、綺麗な夜が広がっていた。
多分、何でもかんでも、上手くいき過ぎたんだと思う。
少しぐらい、喧嘩や浮気みたいな、何かしら、刺激があった方がよかったんだと思う。
夢はいつまでも続かないらしい。
お互いに好きなことを溜め込んだあの部屋で、私達は呆気なく別れた。
「じゃあ……またな」
「うん、ばいばい」
夜が明け始めた頃、まるで現実に帰って来たみたいに、朝の空気は冷たかった。
私達の不健康な毎日は、別れた瞬間にあの部屋から消えた。
部屋の形は全く変わらないのに、私達が去ったあの朝、何故かもう、今までの部屋じゃないみたいに寂しく見えた。
部屋は、住人色に染まってくれる。
終わりが来るまで、ずっとその色のままなんだ。
全てが終わった朝、そんなどうでもいいことに気が付いた。
今でもたまに、あのアパートの横を通ることがある。
どうやら、今はあの部屋に、誰かが住んでいるらしい。
私達が住んでいたのは、何年も前の話だ。
君が今、誰といるのか、どこにいるのかすら知らないぐらい、既に時が経ってしまった。
だから、そんなの当たり前だ。
当たり前だけど、
当たり前なんだけど、
今はあの部屋に、誰かが住んでいるらしい。
私達が初めて借りたあの部屋は、非日常だった。
非日常と思えるぐらい、映画の中のような生活だった。
きっと、それは、私達が住んでいたから。
部屋は住んでいる人によって、世界を変える。
今は、どんな世界が広がっているんだろう。