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マッドパーティードブキュア 290

「へえ」
 マラキイは驚きの声を漏らす。
 剥がれ落ちた空間の向こう側から、直線の獣たちが姿を現す。獣たちは羊膜を振り払うように身震いをした。体にまとわりついていた混沌の光景が砕けて落ちる。
 二匹、三匹。マラキイは目で獣の数を数える。七匹だ。輪郭のはっきりした獣は数えやすい。
「それが隠し玉かい」
 獣たちは完全に同期した動きで鋭い眼差しをマラキイに向ける。マラキイはそのまなざしを無視して、ただ一匹、人間の顔が生えた獣に語り掛ける。
「驚いてくれてうれしいよ」
 人頭の獣は心底楽しそうに笑う。ケラケラと甲高い笑い声が気に障る。マラキイはゆっくりと右腕を振った。
「ああ、こりゃあ、たまげたな。なんてことだ、絶体絶命だ」
 あえてわざとらしくなるように、ことさらに驚いた顔を作ってやる。人頭の獣の顔が怪訝そうに歪んだ。
「どういうつもりだ?」
「どういうつもり、だと思う?」
 問いかけをなぞりながら問い返す。獣の顔が警戒に引き締まる。
「それは知らないが、醜く引き裂かれて、くたばりな」
 会話を切り上げて、獣が吠える。鋭利に響き渡る咆哮。呼応して獣たちが吠える。獣たちは一糸乱れぬ動きで身構えて、マラキイに飛び掛かろうとして、動きを止めた。
「「「うごう?」」」
 七匹の獣たちは動揺して悲鳴を上げる。獣たちは全く同じ格好で動きを止めていた。
「な、なんだ?」
 人面の獣がうろたえた声を出す。
「てめえ、なにをしやがった?」
「おれかい? おれはなにもしていないよ」
 マラキイはにやにや笑いを浮かべながら、答える。
 獣たちは見えない束縛から逃れようともがき、身もだえしている。ふいに、その調和に満ちた悲鳴が乱れ始める。声だけではない。ゆっくりと、しかし確実に獣たちの直線と平面で構成された表面が乱れ始める。内側からゆっくりと歪んで乱れていく。
 獣たちは姿を変えていく。均整の取れた直線の獣から不定形で気まぐれな原生生物の姿へと。

【つづく】

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