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センパイのこと
2000年卒
3年C組 瀬貝 慶介(せかい けいすけ)
3年間を思い返して一番記憶に残っているのは部室でセンパイと交わした会話だと思う。
今でもあの放課後のことを鮮明に思い出せる。一年生の春、入り組んだ部活棟を彷徨って見つけた明かりの灯った一部屋。扉には 部と看板が架かっていた。
ノックをすると「どうぞ」と声が返ってきた。白紙の原稿用紙のような声。扉を開ける。窓際の椅子に座ったセンパイが読んでいた本から顔を上げて僕の顔を見た。その微笑みを見て僕は入部を決意したのだ。
一度この部が何をする部なのか聞いてみたことがある。センパイは笑って、窓から中庭の富財湖を指さした。
「あの湖にね」
知っての通り富財湖は底まで見えるような澄んだ水面をしている。なにも生き物の気配はない。
「紫の羽が生えたカバがいるんだ。それを観察する部活だよ」「カバには羽なんて生えていないでしょう?」
「それじゃあ、あれはカバじゃないのかもしれないね」
僕が聞き返すと、センパイは澄ました顔で答えた。あの言葉が、本当だったのか冗談だったのか、今でもわからない。
いつもそんなとりとめのない話ばかりをしていた。そんな話しか、していなかった気がする。そんな話ばかりしていて、気がつくと3年間が経っていた。
無為な時間を過ごしたのだろうか? 僕はそう思わない。今、こうして思い返していてもセンパイとの会話は一言一句残すことなく思い出すことができる。
もしもその会話に価値が無かったとしても、センパイと会話を続けた3年間の思い出はこれからの僕の人生でとても大切な財産になってくれると思う。
卒業の日にもう一度部室に行こうと思う。センパイと話すのはそれで最後になるだろう。きっとセンパイはいつもの澄ました調子でとりとめのない話をしてくれると思う。