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ガベッジ・コレクション・アンド・トレジャー・ハント

 どこまでも広がる白い浜辺の砂は太陽を反射して、空からだけではなく地上からも熱を伝えてくる。東ゆうは砂に埋もれていた空き缶を火箸で拾い、片手に持ったゴミ袋に放り込んだ。番組のユニフォームとして配られたTシャツの袖で額の汗をぬぐい腰を伸ばす。
 ふと我に返り、ゆうはカメラの位置をさりげなく確認する。今の動きを写されてはいないだろうか? 幸い、カメラ班は今、テントでへばってしまっているくるみと美嘉を写していて、今のアイドルに似つかわしくない伸びには誰も気が付いていないようだった。
「どないな? 東っち」
 後ろから声が聞こえた。太陽の日差しに負けないくらいの元気な声だった。夏の特番で東西南北(仮)が浜辺のゴミ拾いをするというコーナーを作り、ゆうたちをこの灼熱地獄に放り込んだ張本人、ADの古賀の声だった。
「んー、ぼちぼちです」
 ゆうはゴミ袋を声の主、古賀に見えるように差し出した。古賀は「おお」と感心した声を上げた。
「ちゃんとまじめにやっとるやん]
「まあ、仕事なんで」
 わざとらしく真面目そうな顔を作って見せると、古賀はケラケラと笑った。実際、こういう企画をまじめにやるというのもお茶の間への印象はよくなるはずだ。
「ちゃんと休みながらやってな。倒れられても困るから」
「ええ、無理はしないでおきます」
「よしよし」
 にこにこと笑顔のままで古賀は頷きながら、傍らに落ちていた花火の切れ端を拾い上げて自分のゴミ袋に押し込んだ。古賀自身もゴミ拾いに参加している。自分もちゃんと暑さのなかに身を置くあたり、けっこう律儀な性格をしているな、とゆうは思った。
「みなさん! すごいものを見つけましてよ!」
 遠くではしゃいだ声が聞こえた。ゆうが目を細めながら顔を上げると、蘭子が小躍りしながら地面をつついているのが見えた。こんなに暑いのにどうしてあのお嬢様は平気なのだろう。一番最初にへばりそうだと思っていたのだけれども。
「なんやろ」
 古賀が首を傾げた。その様子を見てゆうも首を傾げる。
「古賀さんがなにか仕込んだんじゃないんですか?」
「しとらんよ。今回は真面目な企画やもん」
 二人は顔を見合わせてから、再び首を傾げ、蘭子の方へと歩いていった。

「ご覧になって、東さん」
 蘭子はゆうと古賀の顔を見るなり、手に持った瓶を突きつけた。
 瓶はコルクで封をされていて、中にはなにか古びた紙のようなものが入っていた。
「なに? これ?」
「落ちていましたの。きっと、ボトルメールというやつですわ」
 蘭子がわくわくと弾んだ声で答える。そのままコルクに手を握って開けようとするけれども、コルクは固く動かない。
「ああ、ちょっと待ちぃ」
 古賀が腰に提げたウェストバックをごそごそと探った。今日の古賀は動きやすいようにいつものリュックではなくて小さなウェストバックを腰に提げていた。四次元ポケットっぷりはいつもと変わらないようだ。しばらくバッグを探ってから、古賀は十徳ナイフを取り出した。栓抜きを引き出してから「ほれ」と蘭子に渡す。
 蘭子はたどたどしい手つきでらせん状の金具をコルクにねじ込むと、ぐいと引いた……けれどもまだ硬いのかコルクは抜ける気配がない。
「じゃあ、瓶の方を持つよ」
 こうなってしまった蘭子は瓶の中身を確かめるまであきらめないだろう。ならば、手伝って蘭子の好奇心を満たしてしまった方が早い。ゆうは軍手を外して瓶を握りしめた。太陽の熱をため込んだ瓶は少し暖かい。
「いきますわよ」
 蘭子は険しい顔で気合を込めて、十徳ナイフを引っ張る。ゆうは持っていかれないように後ろに体重をかけて構える。数度繰り返してようやく、ぽんと軽い音とともにコルクが抜ける。
「なにが入っているんでしょうね」
 あいかわらずわくわくとしたテンションのまま蘭子は瓶をさかさまにして振った。かさかさと音を立てて瓶のなかから落ちてきた紙を蘭子は手のひらで受け止めた。
「あら!」
 見るからにボロボロな紙を慎重に広げながら蘭子は感嘆の声を上げた。
「なに?」
 反動で尻もちをついたゆうは立ち上がりながら、紙をのぞき込んだ。
 そこに書かれていたのはいくつかの簡潔な図形と不規則な線。それから真ん中あたりの丸に一際目立つバツ印がつけられていた。
「なにこれ?」
「これは、宝の地図ですわ!」
「え?」
「間違いありません。この丸いのは島で、このバツ印が宝の在りかですわ!」
 蘭子は青く輝く海に紙をかざしながら叫んだ。
「なにおもろそうな話しとるん?」
 古賀が紙をのぞき込んでくる。蘭子に負けず劣らずわくわくした声音だった。ゆうは少し……いやかなり嫌な予感がした。とっさにテントの方を振り返る。くるみも美嘉も相変わらずへばっていて、助けは呼べそうにない。
「ね、古賀さん。これ探しに行ってみませんこと?」
「おお、ええやんええやん。むっちゃ雰囲気ある地図やん」
「でしょう? きっとなにか豪華な宝物が隠されているんですわ」
「せっかくやし、めちゃフラの企画で言ってみようや」
「それですわ! ね、東さんもいいと思うでしょう?」
 突然話題を振られて、ゆうは言葉に詰まった。こんなところに捨てられている瓶に入っている地図なんて、誰かのいたずらに決まっている。絶対にしょっぱい結果に終わるのは分かり切っている。けれども
「きっと楽しいですわ」
「なんがあるんやろうなあ」
 わくわくと盛り上がる二人に水を差すことができず
「そうだね、気になるね」
 ゆうは笑顔を作って頷いた。興奮した蘭子と古賀はその笑顔が引きつっていることに気が付かなかったみたいだけれども。

 結局、その「宝の地図」を探しに行く企画は実現することはなかった。実行される前に東西南北(仮)は解散してしまったから。
 それでも時々東ゆうはあの夏の海辺での出来事を思い出す。
 あの地図に示されていた場所にはなにがあったのだろうか。
 それとも、あれは誰かのいたずらで、実際にはあの場所に行ってみてもなにもなかったのかもしれない。きっと、そうなのだろう。
 たぶん探しに行かなかったからこそ、思い出に残っているのだ。
 それでも海を見るたびに、ゆうの頭の中にあの地図と蘭子のはしゃいだ声が蘇るのだった。

 ふいに携帯が鳴った。
 液晶を見ると、蘭子からメッセージが届いているとの通知が表示されていた。携帯を操作してアプリを開く。
「宝物を見つけましたわ!」
 画面にはそんな文言とともにどこかの島で笑う華鳥蘭子の写真が表示された。

【おわり】

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