見出し画像

【連載版】発狂頭巾二世―Legacy of the Madness ―46

 ぶうん、と振動音が唸る。父親の目がらんと光る。
 来る。
 貝介は身をかがめる。貝介の頭のあった空間を振動する斬撃が通り過ぎる。振動鉈。それも音からして違法改造されたもの。鉈で受けなくて正解だ。下手に受けていれば容易く切断されてしまっていただろう。
「物騒なものを持っているな」
「発狂頭巾ですから!」
 父親が笑う。その言葉はある意味で正しい。幻影画の中の発狂頭巾は状況に応じてあらゆる武器を使う。非振動鉈、振動鉈、刀、木の枝、鰹節、時には己自身の歯と爪。幻影画の中では。本当の発狂頭巾はそうではなかったが。
 そうだ、と貝介は非振動鉈を握りなおす。
 八から聞いている。本物の発狂頭巾、貝介の父親は非振動鉈しか使わなかったと。狂気に呑まれた父親の最後の意地だったのかもしれない。
 だから、目の前の発狂頭巾は偽物に過ぎない。幻影画の中に作り上げられた発狂頭巾像をなぞる偽物。どれほど速くとも、どれほどためらいがなかろうとも、どれほど奇怪な動きをしようともそれは本物ではない。
「今だ! 八!」
 貝介は叫ぶ。勢いよくドアを蹴破り、八が鉈を振り上げる。父親の目が音の方を向く。本物の発狂頭巾なら見る前から襲撃者を認識していただろう。発狂感覚。発狂頭巾の模倣者にはそれはない。
「ぐっ!」
 がっしぃいん!
 すさまじい衝撃音が響く。八の非振動鉈の刃をヤスケの父親の振動鉈で受け止める。八は即座に刃を振り払う。振動が伝わり、刃を砕く前に。八の勢いに押されて父親の体勢が崩れる。その機を逃さない。貝介は父親の足を薙ぎ払う。貝介の鉈の背が父親の右足に叩きつけられる。
「ぐが!」
 父親が吹き飛ばされ、部屋の中へと転がり込む。
「まさか二人いたとは思いませんでした」
 ゆっくりと立ち上がりながら、父親が笑う。
「我々を襲ってきたのだ、そのくらいは覚悟しているだろう?」
 貝介は慎重に部屋に入りながら言った。手ごたえは確かだった。もう足は十全には動かないだろう。
「ははは、こんなところにあったんですね」
 しかし、父親は痛みなど感じていないかのように笑う。その目は貝介たちを見ていない。貝介はその目線を追う。その目は部屋の中央に置かれた机の上に向けられていた。机の上にあるのは、物理草紙だった。
 その物理草紙は輝いているように見えた。あれは『写し』か。
 父親の目は輝きに吸い寄せられている。
「八!」
 貝介は叫ぶ。貝介と八は同時に父親に殺到する。
 父親の手が『写し』に伸びる。隙だらけだ。この隙に手足でもおらなければ。危機感が貝介の頭の中で鳴り響く。
 なにか、まずい。
 父親が『写し』を開く。その目が中身を覗く。
 八と貝介が鉈を振り上げる。完璧に同期した斬撃が父親を襲う。貝介が手を、八が足を狙う。同時に避けることはできない。
 普通であれば。だが
 父親の身体がふわりと浮かび、ぐにゃりと曲がる。二つの刃の隙間を潜り抜ける。
 普通ではない。
「ははははははは」
 父親の口から笑い声が漏れる。その両目がまばゆいばかりに輝いた。

【つづく】
 
 

いいなと思ったら応援しよう!