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【連載版】発狂頭巾二世―Legacy of the Madness ―30

「それじゃあ、あなたにもわかるんじゃありませんか?」
 意味ありげに抑えた声で、ヤスケの父親は貝介の顔をのぞき込んできた。
「なにがだ?」
 父親は肩をすくめる。
「いやだなあ、本当は分かっているくせに」
「わからんのだ。わからんから聞いておるのだ」
「そうですか」
 父親は首をかしげながら呟いた。その笑顔の目にはなにか違う感情が乗せられているように思えた。けれども、貝介にはその感情がどのような感情なのか理解できなかった。疑問が表情に出ないように気を付けながら尋ねる。
「何か知っているのか?」
「あなたには見えないのですね」
「ぬ?」
 突然発せられた父親の言葉に、貝介は戸惑った。今何と言った? 『見えない』?
「なにが、見えないというのだ」
「輝きです」
 返ってきた言葉は貝介の疑問を解決するものではなく、むしろ疑問を深めるようなものだった。
「輝きか」
 阿呆のように同じ言葉を繰り返すことしかできない。
「そうですよ。私には見えていますよ。あの輝きが」
「なにが輝いているというのだ」
「そりゃあ、決まっているでしょう?」
 父親は、にっこりと笑った。貝介はその瞳の奥に隠れた感情の正体に気が付く。それは、哀れみによく似た色をしていた。
「導きですよ。発狂頭巾の物理草紙への」
 ごくり、とつばを飲み込んだ貝介ののどが鳴った。
「導き、だと?」
「そう、私は見えていますよ」
 父親は低い声で続ける。
「見えているのです。見えるようになったのです。導きが。物理草紙の眩いいばかりの、熱い輝き」
 次第に父親の声が、瞳が熱を持ち始める。
「それは導きです。導きなのですよ。より強い輝きを熱を、あの炎のような物理草紙を求めるものは見たものはみな欲します。欲していくのですよ。見えるならば、そうでしょう? 本当に求めるなら見えるはずですよ」
 父親の勢いに気おされそうになりながらも、問い返す。父親の輝く目を見返す。その輝きの熱が、目を通り抜けて脳に伝わってくる。
「そんなはずはない。俺は本当に探しているんだ。あの物理草紙を、発狂頭巾の物理草紙を。だって、俺は」
 俺は?
 勢いのままに声を発して、貝介は言葉に詰まった。自分は何を言おうとしているのだろう。何を言おうとしていたのだろう。話を合わせていただけのはずなのに。物理草紙のことを聞き出すために。ただ、父親に共感されやすいことを口にしていただけだ。そのはずなのに、今のはなんだ? 今の、父親から感染したような高揚と熱、そして、それが口から吐き出させた言葉は? 自分の口から出たはずなのに、自分の考えではないように思えた。
 父親の口角がさらに吊り上がった。
「まだ、見えませんか?」
「え?」
 問われて、驚きの声が漏れる。気のせいだろうか。父親の懐が輝いているように見えた。
「それは、なんだ?」
「なんだ、見えているんじゃないですか」
 そう言って、父親はにっこりと笑う。その笑顔はひどく親しみやすいように貝介には見えた。
「それは」
 貝介は呟き、その懐に手を伸ばす。その懐の輝きに。

【つづく】

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