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【連載版】発狂頭巾二世―Legacy of the Madness ―49

 救援に呼ばれてやってきた空夜に起こされ、貝介が再び目を覚ました時、部屋には何もなくなっていた。
 ずきずきと痛む頭を押さえながら、貝介は部屋を見渡した。
 あの輝く物理草紙も、ヤスケの父親も、まるで最初から何もなかったかのように部屋は空っぽになっていた。
「そんなはずはないんです。たしかに俺はヤスケの父親を倒したんです。それにこの部屋に物理草紙があったはずなんです」
「物理草紙はともかく」
 珍しく顔をしかめながら空夜は首を傾げた。
「お前たちが何者かと戦闘をしたというのは確かでしょうね。八のあの怪我は冗談やら嘘でつくようなものではないもの」
「ええ」
「その後、何があった?」
「それは……」
 空夜に問われて、今度は貝介が首を傾げた。何があった? 何があったのだろう。
「詳しくはわかりません。捕獲したヤスケの父親を見張っていたのですが、何者かに襲撃された……のだと思います」
「何者か?」
「ええ、完全に不意を打たれました。頭を殴られて、気絶をして」
「そうか。仲間でもいたの?」
「そう、なのかもしれません」
 貝介はうつむき、目をそらしながら言った。ひどい失態だ、と思う。捕えた模倣者を取り逃がしたばかりか、証拠となりうる物理草紙まで失ってしまった。馬鈴が否定していた物理草紙の『写し』。あれがどういう経緯でここにあったのかは不明だが、あの『写し』を調べれば捜査は大幅に進んだはずだ。
 うつむく貝介の肩に空夜の手が置かれた。
「責めはしないわ」
「え?」
 空夜の意外な声音に貝介は顔を上げた。空夜は微笑みながら貝介の目を見つめながら言う。
「お前ほどの者が不意を打たれたのだもの。他の誰であっても、結果は同じだったわ。むしろ、命を落とさなかっただけで収穫よ」
「でも」
「お前も、八もよ」
 空夜の言葉に、貝介ははっと思い出して尋ねた。
「八はどうなりましたか?」
「無事だ。今は馬鈴が手当てをしている。しばらくおとなしくしておけば支障はない」
「よかった」
 空夜の言葉に貝介は胸を撫でおろした。あの怪我だ、後遺症が残っていてもおかしくはないと思っていたのだ。
「まあ、今日のところはこんなものでしょう。あとは私が見張っておくわ。手当てがすんだら八を連れて今日は帰りなさい」
「よいのですか?」
「ええ、それにあのヤスケ君も家に送ってやんないといけないでしょう」
「そうですね」
 顔をしかめ、貝介は頷く。そうだ、ヤスケもいるのだった。父親のことを何と説明すればよいのだろうか。あの父親が再び姿を現すことがあるのだろうか。そのようなことを考えると、頭が痛くなってくる。
「まあ、今日は帰ってこないとか言ってうまく誤魔化すしかないでしょう。これからのことはわからないわ」
 思い悩んでいるのが顔に出ていたのか、空夜が肩をすくめて助言をした。その内容はその場しのぎに過ぎないけれども、もっともだと思う。他にできることもない。
「そうですね」
「あなたも頭殴られたんでしょう? 今日はおとなしくしておきなさい。明日からまた頑張ってもらわないといけないんだから」
「ええ、分かりました。そこまでおっしゃるのであれば、お言葉に甘えます」
「ん」
 空夜は短く頷いた。
 貝介はずきずきと痛む頭をさすりながら歩き出した。ヤスケに何と説明しようか思案しながら。

【つづく】

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