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マッドパーティードブキュア 304

「仕方がないでしょう。ここがなくなってしまっては困るのですから」
 セエジは黄金律鉄塊に意識を向けながら言う。光球は確実に近づいてきている。その不気味な七色の輝きが肉眼でも見えるようになっている。
 補強するべき構造物なしにあの類の物が直撃すれば、影の男やウェイターや店の客たちなどのこの地区の住人はもちろん、女神やセエジでさえもたやすく存在を書き換えられてしまうだろう。
 だが、混沌の世界の淀みでできたレストランの建物もまたうつろいやすい。この地区の律はあまりにも曖昧で弱い結びつきで構成されている。あの光球の直撃には耐えられない。掠めただけでも律は散り散りになり、雲散霧消してしまうだろう。
 それを防ぐためには、より強固な律で補強するより他はない。それが今、セエジが行っている作業だ。レストラン自体を黄金律鉄塊で補強する。だが……
「ぐっ」
 セエジは危うく取り落としそうになった黄金律鉄塊を握りなおす。鉄塊が手の中で緩く蠢いた。平面で構成された表面がうねっているように感じる。異なる律は互いに干渉し合う。黄金律鉄塊がレストランを補強しようとすると、同時にレストランを構成する淀みも鉄塊を歪めようとする。
 まだ、影響は表面に留まっているが、すでに標として使うのは難しいほどに歪んでしまっているだろう。質の良い黄金律鉄塊ならば、もう少しもったかもしれないが、手の中のそれはありあわせのものにすぎない。
「それなくて、あなたは居続けられるの?」
 女神の小さな手のひらが、黄金律鉄塊を持つセエジの手に重ねられた。手の中の黄金律鉄塊がやわらかくなる。均衡の律ともこの地区の律とも異なる律が鉄塊に注がれるのを感じる。
「離してください」
 セエジは穏やかな口調で女神に言った。右手で女神の手を持ち上げる。
「女神様も、もうそこまで神力が残っているわけではないのでしょう」
 女神が答える。
「あなたを助けるくらいはできますよ」

【つづく】


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