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マッドパーティードブキュア 333
マラキイの記憶の中にいるテツノは、ひどく希薄な存在のはずだった。そこにいるのがかろうじてわかっても、その実在性はとても低く、触れようとして触れられない。混沌の影のこの地区で、視界の端に映る住人と同じ、無何有の境に位置付けられた存在だった。
少なくともマラキイが袋から脱出させたときのテツノは、マラキイの魔法少女ドブキュアの力で圧縮して保護しなければ、周囲の混沌の中で拡散してしまう程度には実在性が薄かったはずだ。
と、そこまで考えたところで、マラキイはごくりと唾を飲み込んだ。じわりと浮かんだ汗が不快で、さりげなく手の甲で額をこする。
「もしかしてよ」
しばしの逡巡の後に、マラキイは口を開いた。
「おれがお前を投げたせいか?」
テツノが振り返り、その黒い目がマラキイを捕えた。確かな実在と引力を感じさせる瞳だった。マラキイは再び唾を飲み込もうとしたけれども、喉が渇いていて飲み込めない。
「わたしにもわからないけれども、もしかしたらそうかもしれないね」
テツノの言葉はさりげない口調だった。その口角は吊り上がっていて笑顔のようにも見える表情だった。特になにも気にしていないような声だった。今では確かに聞こえているはずのテツノの言葉やたしかに見えるはずの表情は、けれどもその裏に潜んでいる意図をマラキイは読み取ることができない。
「どうかしました?」
「すまない」
「え?」
マラキイは言葉を絞り出した。今までのテツノの声のようにかすれたかすかな声だった。マラキイの顔を見つめた。マラキイは再び言葉を作ることはできずに、視線を逸らした。
テツノがふうんと首を傾げるのを、マラキイは空を見上げる視界の端に見た。
「あれを、なんとかしないとな」
今度の声は音となって喉から出た。テツノが首を傾げながらも「そうですね」と頷いた。マラキイは心の内で、ほっと胸を撫でおろした。
「ところで、先ほどこんなものを拾ったのですが」
【つづく】