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マッドパーティードブキュア 289
破裂音
今度は二つの音だった。繋がって、一つに聞こえるくらい、ほとんど同時に鳴り響いた音。
獣の姿が視界から消える。驚異的な初速だ。さっきよりも速い。今度弾けた袋は二つ。加速も二倍。だが、ドブキュアの視力ならば捉えられる。目で見えるなら、手で止められる。軌道に手をかざす。マラキイの右手がドブの七色に輝く。全てを捕え、掴む手のひら。
「ドブキュア! マッドネ……」
叫ぼうとしたところで、再び高い破裂音が響いた。獣の脇腹の袋がはじける。マラキイは目を見開く。獣の軌道が空中で逸れる。獣の鼻が指先を掠める。鋭い牙が迫る。躱す。間に合わない。肩を丸めて首を守る。鋭い痛み。鈍化した時間の中で真っ赤な血がゆっくりと宙を舞う。
「ぐぅ」
痛みを無視して獣の脇腹を殴りつける。拳が届くよりも先に獣は跳び退り距離が離れる。
「驚いたかい」
「面白い手品だ。びっくりしたよ」
獣の嘲る口調に、笑みを作りながら答える。泥濘が衣装の裂けた部分を覆う。泥濘は同時に傷口を押さえつけて血を止める。痛みは消えない。無視する。死ぬわけではない痛みに、思考のリソースを裂く必要はない。
「他にも手品があるのかい? 見せてみなよ」
意識的に口角を吊り上げてみせる。
獣は確かに速い。あの空中での方向転換も厄介だ。だが、見えないわけではない。見えるのなら捉えられる。なによりもうタネは割れている。
「あいにくだが」
獣はにやりと笑った。嫌な笑いだった。嫌な予感がした。マラキイは自分の眉間に皺が寄るのを感じた。
「お前さんのお遊びに付き合うつもりはないよ」
獣はそう言うと天を仰ぎ、大きく口を開けた。
その口から咆哮が鳴り響いた。厚みがあり、声の中の音がたがいに響きあう、美しい旋律のような咆哮だった。
咆哮に応える声があった。それもまた、美しい旋律の咆哮だった。叫び声は束となり、混沌の荒野に響き渡った。
ぱさりぱさりと、空間が剥がれ落ちた。
【つづく】