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リクエスト・フォー・ラグジュアリー・ラーメン

「ねえ、皆さん、少しわたくしのわがままを聞いてはくれませんか?」
 いやに真剣な蘭子の声にゆうは立ち止まった。
 スタジオでの収録が終わり、東西南北(仮)の四人で駅へと向かって歩いている途中でのできごとだった。
 その日は機材トラブルが発生して、収録が長引いた日だった。想定外の長丁場で、食事もとれず、ケータリングの菓子で飢えをしのいでなんとか収録を終わらせたところだった。
 空腹に急ぐ足を止めて、ゆうが振り返ると、蘭子はひどく深刻な顔で、商店街の道端で立ち尽くしていた。異変に気がついたくるみと美嘉も振り返る。
「どうしたの? 南さん」
 ゆうは声をかけた。
 収録の途中には特に変わった様子はなかったけれども、実はなにか体調が悪かったのだろうか。ゆうは頭の中でスケジュール帳をめくる。明日はとくにグループの活動は入っていない。なんとか駅まで歩かせて、駅についたら迎えを呼んでもらえばよいだろうか。次の収録まで後を引かなければよいのだけれども。
 そんな打算的な考えが頭に浮かぶ。
 意識して心配そうに眉根を寄せて、ゆうは蘭子の顔をのぞき込む。
「どこか痛いの? 南さん」
 蘭子はひどく強張った顔で首を振った。いつも堂々としていて、物おじしない蘭子がこんなに弱々しい表情をしているのを見るのは初めてだった。
「東さん、そこ」
「なにかいた?」
「いいえ、そうじゃないわ」
 蘭子は再び首を振った。それから深く息を吸い込んで、蘭子は顔を上げて、口を開いた。
「その……ここで、食べていきませんこと?」
「ここで?」
 震える蘭子の指先が道端の看板を指差す。ラーメン屋の看板だった。黒色を基調とした看板に、真っ白な豚骨スープのラーメンの写真が並んでいる。つやつやとした黄色い太麺、分厚いチャーシューと山のようなもやし。写真を見て、ゆうのお腹が小さくなった。
「なになに? どうしたの二人とも」
「大丈夫? 南さん」
「それが……」
 くるみと美嘉も蘭子のところに歩み寄ってくる。ゆうが現状をなんと説明するべきか言葉に困っているあいだに、蘭子が顔を上げて三人を見回した。
「みなさん、ここで食べていきませんこと?」
 口から出たのは先ほどと同じ言葉。あいかわらず緊張した表情をしている。戸惑う三人に、蘭子は一息に言葉を続けた。
「わたくしお腹がすきましたのみなさんここでラーメンを食べていきませんか?」
「え、いいじゃん!」
 弾んだ声で食いついたのはくるみだった。飛びつきそうな勢いで蘭子に歩み寄る。蘭子はまだまだ少し硬いけれども、笑顔のような表情を作って答えた。
「ええ、もちろんですわ。お代はわたくしがだしますから」
「いいよ、それは悪いよ」
「いいんですわよ。わたくしが誘ったんですから」
 遠慮がちに首を振る美嘉の手を取って、蘭子は微笑んだ。
「東さんはどうします?」
「えー、別に食べるのはいいんだけど」
 しかめっ面を作りながら、ゆうは尋ねた。実際のところ、自分もおなかが減っているのだし、蘭子がお金を出してくれるというのならば、断る理由はない。
「なんで、そんなに緊張してたの?」
「だって……」
 蘭子は頬を赤らめながら目を伏せた。
「わたくし、こんな時間にお友達と外でラーメンを食べるなんて、初めてだったんですもの」
「はあ」
「いつか、やってみたかったんですわ」
「なるほどね」
 ゆうは頷いた。確かに蘭子とこういうワイルドなラーメン屋はかなり離れた存在に思える。
「ねえ、ねえ、早く入ろうよ。くるみ、もうお腹ペコペコだよ」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、くるみが急かしてくる。
「そうだね。私もお腹減ってたところだから」
 ゆうはにっこりと笑って頷いた。
「ええ、ご馳走しますわ」
 蘭子も笑って答えた。その微笑には先ほどのようなこわばりはもうなかった。
「ねえ、デザートに抹茶アイス頼んでいい?」
「もちろんですわ。でも、くるみさん、そんなに食べられまして?」
「甘いものはべつばらー、東ちゃんも食べるでしょ」
「それはもちろん」
 ゆうは頷きながら店の扉を開いた。四人でラーメンをすすれば、四人の結束はより強くなるかもしれない。そんなことを考えながら。

◆◆◆

 結局あのときは、くるみも蘭子もラーメンを食べている途中でおなか一杯になってしまって、二人の分のラーメンの残りとアイスはゆうが引き受けることになったのだったか。
 あれから数年たって、アイドルになって、いろいろとおいしいものを食べたけれども、とゆうは時々思い返す。
 あのときに食べたラーメンはずっとおいしかったものランキングの上位をキープし続けている。
 他の三人にとってもそうだったら、少しだけうれしいなといつも思う。

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