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【連載版】発狂頭巾二世―Legacy of the Madness ―43

 発色灯に引き寄せられる虫のように、貝介の足はどこかへ向かう。
 貝介の目は確かに見ていた。暗闇の中に、温かい光が、その痕跡が足跡のように続いているのを。
「お前には見えないのか?」
「なにがでやすか?」
「いや」
 貝介は口ごもる。どこまで伝える? どこまで伝えて信用される? 伝えたところで狂ったと判断されるのではないか? 『写し』の残滓が見えるなど。だが、本当に見えているのか? 疑念が頭によぎる。見えていると思っているだけではないのか。これほど確かに見えているのに? 暗闇の中、残滓はかすかに、しかしたしかに輝いている。八には見えていないようだ。だが、貝介には見えている。そう思える。見えないものが見える。それは狂いの一つの表れではないか? 自分はすでに狂っているのではないか? それとも八が嘘を言っている? あるいは、あるいは。
「貝介さん」
 巡る思考は肩を掴まれて止まる。掴んでいたのは八だ。いつのまにか目の前によった八が貝介の肩を掴んでいた。
「大丈夫ですかい?」
「ああ、大丈夫だ。なにも問題はない」
 貝介は言葉を絞り出す。
「すまない。なんでもない。行くぞ」
「どこへ?」
「倉庫だ。空夜さんの指令があっただろう」
 貝介は今なお視界の端に煌めく光の残滓に背を向けた。
「いいんですかい?」
「ああ、命令を優先せねば」
「そっちになにがあるんですか?」
 八が指さすのは煌めきの方向。貝介は首を振る。
「なにもない。おそらくただの」
「なにかあるんですね」
 八が貝介の言葉を遮った。じっと暗闇の方向を見つめて続ける。
「貝介さんは、こちらの方向に何かがある、とそう思った」
「邪魔をして悪かった。だからなんでもないのだ」
「特に明確な理由があるわけではない、ということでしたな」
「ああ」
「ならば、こっちに行くべきでしょうな」
「あ?」
 八の言葉に、貝介が漏らした声は混乱の声だった。あまりにも唐突な肯定。貝介は顔を顰める。
「今はそのようなことをしている場合ではない」
「直観、なんでやしょう?」
 八の目が貝介の顔を覗き込んでくる。見つめられて貝介は目をそらせなくなる。
「旦那も、よくそう言ってらっしゃいました」
 冷たい風が胸を吹き抜ける。旦那、それは貝介の父親、すなわち本当の発狂頭巾。発狂頭巾に理屈はない。あらゆる理論を飛躍して、結論へと至る。発狂頭巾の直観。
「あっしはね、旦那がそう言った時には誰の命令よりそっちを優先するようにしてたんですぜ」
「俺は父上ではない」
「そうでやしたね」
「発狂頭巾でもない」
「そうでやすね」
 肩をすくめ、八は歩き出す。貝介の向かっていた方向へ。
「急ぎやしょう、空振りだったら戻らねえといけない」
「ああ」
 貝介は頷く。そのまま歩き出す。いいのだろうか? だが、そちらに行くべきだと、貝介の胸の熱がささやく。鉈の柄を握る。手のひらの汗が気持ち悪い。服の尻にごしごしとこすりつける。
 足早に先を急ぐ。光の痕跡を追って。
 八に肯定されても、貝介の頭の中で疑念の渦は蠢くのを止めない。
 この先には何がある? あるいは、誰が?

【つづく】

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