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【連載版】発狂頭巾二世―Legacy of the Madness ―26

 それはもはや聴きなじみさえある類の叫び声だった。
「行かねば」
 貝介は非振動鉈の柄を握った。八はいないが、自分一人でも対処できる。
 否、対処せねばならない。
 手の中の非振動鉈がずしりと重い。
「お前たちはこのあたりに隠れておれ」
 貝介はヤスケと父親、平賀アトミックギャル美に向かって言った。
「うん」
「そうさせてもらいますよ」
 ヤスケと父親が頷く。
「貝介クン、大丈夫なの?」
 平賀アトミックギャル美が眉をひそめて尋ねてくる。貝介は頷く。意識して唇を釣り上げて見せながら。
「これが俺の仕事だ」
「無茶しちゃだめだかんね」
「お前には関係ないだろう」
 貝介はぶっきらぼうに言うと、奇声の上がった方に視線をやった。足音が聞こえた。恐慌に追い立てられた群衆の足音だ。
 貝介は三人を路地裏に押し込んだ。
「狂うておるは! おれか! おまえか!」
 叫び声。近い。貝介は通りに向き直る。遠くにゆったりと歩く痩せた男が目に入った。その手には先の分かれた長い木の枝。枝を振りながら、ぬるり、ぬるりと緩慢に歩む動きは明らかに尋常のものではなかった。
「『河童の里編』だ」
 ヤスケが呟いた。そうだ、と貝介は思い出す。たしかに幻影画の『河童の里編』で、発狂頭巾はあのような不気味な動きをしていた気がする。
 ならば、あれは『写し』の模倣者ではないということか?
「気を付けて」
 貝介の表情からゆるみを見抜いたのだろうか、平賀アトミックギャル美が珍しく鋭い目つきで言った。
「『河童の里編』の幻影画はウチが作ったけど、元々ある話をもとにして作ったんよ。つーことはよ」
「あれも『写し』の可能性があるということか」
「そう。それに、ただの物まねであんなにまねできるとは思えない」
「そうか」
 貝介は短く答えて、鉈を抜き放った。
 そうであったとしても問題ない。対処するだけだ。
 男のぬらり輝く目が貝介を見る。
「お前も狂うておるのかぁ?」
 その口から出る言葉も、どこかねばつくような声だった。貝介はすっと、目を細め男を睨む。
「俺は狂ってなどいない。お前もだ」
「そう、おれは狂ってなどないぞぉ、そう言うからおれは狂うておるのだ」
 男の視線が貝介に絡みつく。男は「ぎゃっは」と破裂するような笑い声をあげた。
「狂うておる者は自分のことを狂うておるとは言わぬからなぁ」
「そうか」
 貝介は短く答える。
「お前が狂っているかどうかはどうでもいい。騒ぎを起こすなら取り押さえる。それだけだ」
「俺はさわぎなんかおこしてねぇよぉ。勝手に皆が騒ぐだけだぁ」
 そう言って男は手に持った木の枝を振り回した。
「俺はなんもしてねえのに、狂うておるから何かしても狂うておるからだけなのに、どいつもこいつも勝手に騒ぎやがってよ!」
 自分で発した言葉自体に興奮し、男はゆらゆらと体を揺らしながら叫んだ。
「俺は……俺は発狂頭巾なのに」
「いいや、お前は発狂頭巾じゃないよ」
 貝介は静かに答えて、まっすぐに鉈を男に向けた。

【つづく】

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