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【連載版】発狂頭巾二世―Legacy of the Madness ―41

「捕まえました」
 八が肩に背負っていた発狂模倣者を、床に放り投げた。模倣者の男は気絶したまま、うなり声をあげた。
「ん、ご苦労さま」
 空夜は茶をすすりながら、床の模倣者を一瞥した。その透き通った目がぴかりと光る。眼球に内蔵した思考鏡で記録と照会したのだろう。
「お昼に来てた人ね」
「やはり、でやすか。たしかにどこかで見た覚えが」
 八が頷いた。貝介も頷く。言われてみれば、床で伸びている青年が昼間に古本をあさっているのを見たような気がする。
「あそこに置いてある『写し』だけで満足しておけばいいものを」
 空夜が肩をすくめる。そのまま、つま先を伸ばし、男の脇腹を突いた。ばちりと激しい音が響いた。空夜の身体に仕込まれた鎮圧用電撃だ。男がうめき声を漏らす。
「あら、結構手荒くやったのね」
「最後まで抵抗してきやがったんで」
 八の言葉に貝介も頷いてみせる。横目に八の様子をうかがう。その顔にはいつもの軽薄な笑みが張り付いている。ざわり、と胸の奥が騒ぐ。
 先ほどの模倣者との会話、八も聞いていたはずだ。八はどう判断したのだろう。模倣者の戯言だと思っているだろうか。実際のところ、そうなのだが。貝介は自分にそう言い聞かせる。それは間違いない。間違いないのだが。胸の奥のざわめきがうるさい。火傷のように熱をもった不快な騒めき。
「まあいいわ。放っておいたらそのうち起きるでしょう。何か気づいたことはある?」
「やはり、物理書籍の『写し』を探しているようでした」
「しかし、なんであんなところから入ったんでしょうな?」
 八が思考鏡をかけながら首をかしげる。確かに不思議な場所から入ったものだとは思った。『写し』があるであろう売り場からは随分離れた区画だ。
「模倣者の考えを当てようとしても仕方がなくないですか?」
 貝介は言いながら首を振る。理由のない行動をとるのが発狂頭巾の模倣者たちだ。まるでそうすることが発狂頭巾に近づくために必要な選択だとでもいうように。そうだ、だから、この男が不合理な場所から侵入したとしてもおかしなことではないのだ。
「まあ、その可能性もあるんだけど」
 整った形の空夜の眉がくいっと吊り上がる。
「何か気になるわね。それにしては……」
 空夜はそこまでいって、ぴたりと動きを止めた。何かを探るようにその目の色が七色に変化する。
「馬鈴」
「はい、どうしました?」
「この男が入った区画から倉庫につながる経路はあるか?」
 鋭い声で空夜が尋ねる。貝介はその言い方になにか引っかかるものがあった。『倉庫』という単語を少し強調しているように思えたのだ。
「倉庫ですか? 確かに近いと言えば近いですが、その辺壁が入り組んでますからね。結構遠回りになりますよ」
「そうか……いや、だが」
 ぶつぶつと呟きながら、空夜の目が七色に輝く。
「空夜の姐さん?」
「八! 貝介!」
「はい」
「なんざんしょ」
 ふいに呼びかけられ、八と貝介は驚いて返事をする。
「倉庫だ。すぐに迎え!」
 突然の空夜の命令。疑問を返すにはその声は緊迫しすぎていた。考えるよりも先に、貝介は走り出していた。先ほどの見取り図を頭に思い浮かべながら、鉈を掴む。
 目指す場所は倉庫。経路もすでに分かっている。
 走る貝介の胸の中で、じわりと熱が疼いた。

【つづく】

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